My important place【D.Gray-man】
第43章 羊の詩(うた).
「……」
再び訪れる静寂。
何も聞こえない、無音の世界。
何もない世界にひとりのような錯覚。
優しい声が聴きたい。
優しい声を聴いたような気がする。
あれはどこで聴いたのか。
なんだか酷く心地の良い、子守唄のような歌声だった。
「──……"そして"…"坊やは眠りについた"」
ぽつりと雪の口から零れ落ちる言葉。
それは無意識のものだった。
(なんだっけ…これ、子守唄…?)
頭の片隅に浮かぶ曖昧な記憶。
無心のままに口を開けば、それは音色となって零れ落ちた。
「──"そして坊やは眠りについた"」
今度ははっきりと、詩(うた)のように。
そして 坊やは 眠りについた
息衝く 灰の中の炎
ひとつ ふたつと
浮かぶ ふくらみ 愛しい横顔
大地に 垂るる 幾千の夢
夢
銀の瞳のゆらぐ夜に 生まれおちた輝くおまえ
幾億の年月が いくつ 祈りを
土へ 還しても
わたしは 祈り続ける
どうか この子に 愛を
つないだ 手に キスを
「"つないだ"──"手に"───キスを"」
子守唄のような優しい詩。
誰かが誰かに向けて歌ったもの。
愛しそうに小さな命を抱いて、彼らのことを想った。
(……"彼ら"…?)
あれは誰だっただろう。
あの歌声の女性は。
聴いたことがある声だった、はず。
優しく語りかける声や、無邪気な笑い声。
その声はある"名"をよく呼んでいた。
それは──
「雪」
(え?)
「何、落ち込んだら歌う派だったの?」
「わぁッ!?」
急に入り込んできた他人の声。
当然誰もいないと思っていたからこそ心底驚いて、雪は跳ね上がった。
「予想外過ぎて吃驚したわ」
「テッ…テ、テ…ッ」
「手?」
「ティキ…!?」
「あ、名前呼んでたのね」
見ればいつから其処にいたのか。ベッドの端に腰かけて、膝の上で頬杖をついて興味深く見てくる一人の男性。
褐色の肌に金色の眼、真っ黒な癖の強い髪に色気を誘う泣きボクロ。
"快楽"のノア、ティキ・ミックだった。