第43章 羊の詩(うた).

「………理由は？」


　長い沈黙の後、酷く静かな声でコムイ室長は問いかけてきた。


「…私が…そうしたいから、です」


　なんとも幼稚な理由だと思った。
　でも"ユウと約束したから"なんてことは言えない。
　そんなこと言ったら、ユウは私の共犯にされ兼ねない。
　教団側から少しでも疑いの目をユウに向けさせることは、絶対にしちゃいけない。

　あの人は教団の為に生まれて、教団の為に生かされている。
　その場所を奪ったら駄目だ。


「彼が特別な人だから、かい？」

「……」


　無言は肯定しているようなものだ。
　でも何も返せなかった。

　私の立場を思えば…そうだとは言えない。
　でも、違うとも言えない。
　…言いたくない。


「黙ってちゃ何もわからないよ、雪くん」

「…っ」


　…そうだよ。
　私にとって大切な人だから。
　譲れない人だから。

　だから彼との約束も、譲れないの。
　守っていたいの。

　これ以上、裏切りたくない。


　守りたいの
　守っていたいの
　自分以上に、大切だって想えるひと
　初めてだったから

　"待つ"って言ってくれたから
　だからあの人に一番に伝えたい

　"この世界も捨てたもんじゃない"って笑ってくれるようになったから
　だからあの人を私の所為で、危うい立場にはしたくない

　守りたいの
　あの人との約束も、あの人自身の立場も


「…私が、伝えたいだけです。変な意図はありません。ただ、伝えたいだけ」


　握った拳だけを見つめて、一言一言噛み締める。
　お願い、伝えさせて。
　その願いを込めてぎゅっと目を瞑った。





「…ごめん。それは…できそうにない」





　なのに、返ってきたのは無情な言葉だった。