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My important place【D.Gray-man】

第43章 羊の詩(うた).



「…少しは休めたかい」


 後退る私を気遣ってか、ゆっくりとした動作で歩み寄ってくるコムイ室長。
 逆光で表情は見えないけど、その声でわかる。
 きっと同じに優しく気遣う表情を、浮かべてる。


「………あれから、どれくらい経ったんですか」


 答えは返せなかった。
 休めたかどうか。
 体は休めても心は休めてない。
 YESともNOとも言えない。


「丸一日は過ぎてるかな」


 代わりに問いかけたことに、室長はきちんと答えてくれた。
 24時間も経ってたんだ…ほとんど眠っていたから、そんなに経っていたなんて気付かなかった。
 寝て意識を飛ばす以外に、この感情から逃れる方法が思い付かなかったから。

 机に置いてあった燭台の蝋燭に火を付けて、檻の中に光を灯す。
 そんな室長の顔は、蝋燭の明かりでやっとはっきり見ることができた。

 眼鏡の奥の目が、机に置かれた銀の料理トレイを見る。
 そういえば、寝てたから一度も手を付けていない。
 食事の痕跡のないそれに何も言わず、室長の顔が私に向いた。

 いつもと変わらない顔。


「ほら、これ。君から預かっていたものだ。危険視するものではないとわかったから返しに来たよ」

「…?」


 ごそりと、不意に室長がポケットから取り出したもの。
 何かと思って注意深く見ていれば、よく見知ったものが出てきて目を見張った。

 臙脂色の数珠。


「きっと大切なものだろうから」


 はい、と差し出されるそれに素早く手を伸ばす。
 手にした数珠を胸元に寄せて間近で観察すれば、取り上げられる前と変わらない様子にほっとした。
 よかった…なんにもされてなくて。


「…それ…元は神田くんのものだよね?」


 そんな私をじっと見ていた室長が、唐突に問いかけてきた。
 問いだけど確信の混じる声で。


「僕の記憶が正しければ、ずっと彼が身に付けていたものだ」

「……」


 リナリーと一緒だ。
 恐らく幼いユウのことをきちんと見ていたからこそ、知っていたこと。

 でもその言葉に、そうですとは応えられなかった。

 数珠を握り締めて俯く。
 ユウの大切なもの。
 ユウが形にして、私を縛ってくれたもの。

 だけど…私の左手首には、今はもう本物の枷が付いてしまっている。
 この数珠は、身に付けられない。

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