My important place【D.Gray-man】
第42章 因果律
『アバタ・ウラ・マサラカト』
パカリと開いたコシカルの赤と黒の羽。
その下の体には、昆虫には見慣れぬ紋様が浮かび上がっていた。
小さな体から漏れる術の言霊。
『導式結界(オン・カイバラ)──"閉(ヘキジ)"』
その体が淡く光を灯すと同時に、キィイインと耳鳴りのような音を発する。
しかし小さな昆虫の体から発せられる音は、郵便局の男には届かない。
「やぁ、郵便屋さん。おはようございます」
「ああ、どうも。今は留守みたいですよ」
孤児院を去ろうとする男とは反対に、孤児院に用事でもあるのか、数人の男女が軽く会釈して通り過ぎていく。
「そうみたいですね」
親切心で教えてみれば、笑顔で頷き返される。
しかしそれは返答のみ。
彼らの足は止まることなく、孤児院の玄関先へと向かった。
「いや、だから誰もいないようで──」
行っても無駄だと、下りきった階段の下で振り返る。
「…あれ?」
見上げた階段の先。
つい先程まで其処にいた、紳士服の男性も婦人の姿も見当たらない。
辺りを見渡す。
それらしい人影は何処にもない。
まるで忽然と姿を消したかのように、気配の名残りすらなかった。
さっき自分が言葉を交わした相手は、本当に其処にいたのだろうか?
「……今日は本当に可笑しな日だ…」
もう一度帽子の唾を握り直す。
唖然と漏れた男の呟きは、乾いた朝のシンとした空気に吸い込まれるように消えていった。