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My important place【D.Gray-man】

第42章 因果律


 ✣ ✣ ✣ ✣

「あれ、留守かな?」


 吐く息は白くも、肌を照らす太陽の光は温かい。
 そんな静かなパリの朝。
 いつものように郵便物を届けに尋ねた男は、扉をノックしても返事のない建物に不思議そうに呟いた。


「郵便でーす、誰かいらっしゃいませんかー?」


 ぐっと体を横に倒して覗いた窓ガラスの向こうは真っ暗で、建物内もよく見えない。
 まるで真っ黒なカーテンか何か、布でも敷き詰めて窓を内部から覆っているかのように。

 なんだか可笑しいな。

 そう感じるものの、シンと静まり返った孤児院から応える声は何一つなかった。


「可笑しいなぁ…この時間帯はいつもいるんだが…」


 ノックする拳を扉の前で掲げたまま、不思議そうに首を捻る。
 その男の頭上から小さな影が一つ、スゥッと流れるように飛び越えた。
 かと思えば、ピタリと孤児院の煉瓦の壁に張り付く影。


「おや? コシネルか。この季節には珍しいな」


 今は真冬。
 この寒さ厳しい季節には珍しい、真っ赤な球体に黒い斑点を持つ昆虫──天道虫。
 フランスでCoccinelleという名で呼ばれるその虫は、"神の遣い"として幸せを運ぶ生き物と親しまれていた。

 不思議そうにまじまじと見ながら、男の顔が不意に砕ける。


「今日は色々と可笑しなことがことが起きてるみたいだ。お前もその一つかな?」


 目に優しい胡桃色の煉瓦の壁に、ぽつんと色鮮やかに映える神の遣い。
 軽く指先で触れようとすれば、スススと素早い動きで逃げるように壁を這っていく。
 幸せを運ぶ虫だ、下手に刺激しない方がいいか。


「ああ、悪かったよ。また出直してくるから、その時は院長先生達を呼び戻しておいておくれよ」


 郵便局のロゴが入った帽子の唾を握り、深めに被り直す。
 茶化すようにコシネルにひとつ笑いかけて、玄関前の階段を下りる。

 顔を背けて下りていく男には見えなかった。
 その声に応えるように、赤と黒の斑点模様の羽を小さな虫が開いたことを。

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