第2章 酖けて溺れる
僕の鎖骨にぴったりと耳をくっつけて、意識を失うように眠りについたナマエちゃんの髪をそっと撫でる。少し無理をさせてしまった事を反省しながらも、特有の倦怠感と充足感に目を閉じた。
それに気づいたのは僕が近侍になってからだった。
それまでは僕も彼女の所有するただの刀剣の一振りに過ぎなくて、僕にとっても彼女は主以上の存在ではなかった。厳しいけれどしっかりした理想的な主。そんな、彼女の作り上げた偶像を信じて疑わなかった。
綻びを見つけたのは僕が重傷を負って帰ってきた時だったと思う。
新しく解放された戦場で、カッコ悪い事に不意を突かれて僕は折れる寸前までの怪我をした。あの時は意識も朦朧としていて、うっすらとしか記憶がないんだけど、重症の僕を見て一瞬息を飲んだ彼女はそれでも毅然として僕を手入れ部屋に運ぶように指示して、冷静に手入れを施してくれた。
どれだけの時間が経過した後だったのか。
浮上した意識の中で見つけたものは、いつも毅然として振る舞う、隙なんてないはずの主の、透明な涙だった。
「きれいだ…」
ぼんやりとした意識のままに動きにくい腕を持ち上げて、きらきらと光る滴に指先で触れると、彼女はピクリと肩を震わせて、ひどく弱り切った表情で涙に触れる僕の手をその小さな両手で握りしめた。
握りしめたままの手を、自身の額に当てて俯く。それは、祈りの姿に似ていて。
「…怖い…。」
この静まり返った手入れ部屋でなければ聞き逃していただろう。
消え入るように呟かれた切実な叫びを僕は確かに受け取ってしまった。