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たんでき

第1章 耽けて溺れる


「このたびの出陣の成果、大変満足しております。皆様、ご苦労様でした。」
「身に余るお言葉です、主。」
「本日これ以降は休息と致しましょう。心ばかりですがお酒も用意しましたので各自英気を養ってください。」
広間に集う刀剣男士達をぐるりと見渡し、凛とした声でそう告げたこの本丸の主。隙を見せない佇まいに、どの刀剣よりも厚い忠誠心を見せるへし切長谷部は平伏したまま、自分の主がこのお方で良かったと、心の底から感激している事だろう。
休息を言い渡された他の刀剣たちも小さくガッツポーズをとったり、おおっと感嘆の声を漏らしたりと喜色あらわにしている。

背筋をピンと伸ばしたまま、ささやかな興奮状態にある広間を音もなく出ようとする主の後ろに、僕は影のように付き従った。
背中に突き刺さった視線は多分長谷部くんのものだろう。
キミでは無理だよと。突き刺さる視線に口元だけで嗤って見せた僕の性格も相当良いらしい。
嫉妬の視線と、「酒だー!」「宴会宴会!」と賑やかになってく雰囲気を置き去りにして、いつもの厳しい主は渡殿を進む。

「光忠は」
「うん?」
「宴会はいいのですか?」
「いいよ、どうせ準備や片付けに追われて半分くらいしか楽しめないだろうし。」
「そんなの後回しにして構わず楽しめばいいのに…」
「気になっちゃってね。」
「損な性分ですね。」
「ははは、楽しんでやってるから良いんだよ。それより。」
「?」
「僕は主を労いたいな。これから部屋に行っても?」
「……報告書の作成があります。それを手伝ってくれるのでしたら。」
「喜んで。」

主としての厳しい表情がほんの一瞬だけ、女のそれに変わった事を僕は見逃さない。僕だけに見せる、僕だけに許された表情。腹の底からこみあげるある種の快感をグッと押し殺して、僕は優秀な近侍の姿勢を保つことに専念する。

「面倒な仕事は早く終わらせてしまおうね。」

彼女の耳元でそう囁くと、ピンと背筋を伸ばしたままでその小さな耳が熱を持ったように赤く色づくのがわかった。
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