第1章 あの発言。
「お前がそう言うならそれでいい。が、しかし家にお前のようなやつを入れるんだ。条件を出す。家主が言うんだ絶対に守れ。」
厳格な口調で鏡越しにイリーナを見つめる。
「ま、まさか1日20ぱ」
「俺はお前の体が目的なわけではない。」
赤信号で止まるなり烏間は目だけでイリーナを捉え、微笑もせずにまたすぐに前を向き直った。
「イリーナ。」
ホテルに続き、呼ばれ慣れないファーストネーム呼びに顔が熱くなる。
「なによ。」
その表情を鏡越しにしっかりと確認した後、烏間は言う。
「家に入る条件だが家に入って以後、学校外での烏間呼びを一切禁止する。と言ったところで手を打とう。」
たったそれだけの条件にイリーナは思わず唖然とする。
(はあ!?今どきの中学生でももっと進んでるわよ。)
烏間のその発言から女慣れしていないことがうかがえる。
条件にしては甘く、可愛いものだとイリーナは心の中で笑い声を上げ、表情は微笑みを隠せない。
(堅物だから今までまともな付き合いをしてこなかったのかしら。)
イリーナは上機嫌に鼻を鳴らした。
信号が変わり、烏丸は車を発進させた。
(こいつもこれでしばらく黙るだろう。)
「練習でもしといたらどうだ。」
鏡越しに目が合う。
イリーナは烏間に得意げな顔をした。
世界で1、2を争うハニートラップで暗殺してきた女よとでも言いたいようだ。
烏間は熟々こいつは自分のことをわかっていないのだと呆れる。
「た、ただ...た...たー」
(ど、どういうことよ。ただ名前をいうだけでしょ。)
「惟...み」
酔いがまた廻ってきたかのように熱くなる。
たった4文字が言えない。
「惟お....」
イリーナはここから今すぐ逃げ出したくなる。
(名前を呼ぶだけでこんなにも緊張するものなの?)
運転に集中している烏間の横顔をちらりと見る。
(こいつに惟臣って言うだけよ。そう、それだけなのよ。)
イリーナの視線に気付いた烏丸が口を開いた。
「練習は済んだのか。」
いつもなら聞かないようなことを真顔を決め込んで聞いてくる。
烏間なりの意地悪らしい。
「ふぬぅ....いい?行くわよ!惟...み!」
両手を握りしめぎゅっと目を瞑る。