第1章 あの発言。
「あ、りがとう。烏間。」
(おかしい....やけに素直だな。)
烏間は立ち止まり、目を細めながらじっとイリーナの表情を観察する。
(な、なに!?こんなに見つめてきて...ハッもしかしてこれはキス待ちの表情...不器用だからって睨むように見てるのね。そりゃそうよ、こんないい女の顔が近くにあったら堅物の烏丸でも欲情するに決まってるわよね。)
烏間はイリーナの何もする気配の無さに今のが素直な感謝だと気付く。
「なんでもないなら、それが一番だ。」
前を向き直りまた平然と歩き始める。
(なんなのよ!?今のなんだったの!?)
イリーナの思考は烏間の取った行動で埋め尽くされる。
(世界中のどの男より烏間のことがわからないわ。)
ロビーにつくと烏間はイリーナをソファに座らせた。
「ここから動くな。絶対に、だ。」
指を指しながらきつい口調で言い放ち烏間はフロントに向かった。
近寄ってくるナンパ男を5人ほど捌いたところでイリーナに群がる男を烏間が跳ね除けやってくる。
「どいつもこいつも。靴だが用意するのに時間がかかるらしい。靴のためにここへ泊まるのは不合理だ。俺の車でお前の家まで送ってやる。」
烏間は内ポケットからキーケースを取り出した。
(烏間がホテルのワインを飲まなかったのはそういうことね。)
イリーナは上目遣いで烏間を目をじっと見る。
「ねえ、からすまぁ。四月から一緒に住むんでしょ?じゃあ烏間の家に行けばいいじゃない。」
表情の変化が少ない烏間が一瞬大きく目を見開く。
イリーナはそれを見逃さなかった。
「ね?いいでしょ。」
烏間は今日一番大きなため息をし、イリーナを抱き抱えた。
「お前がそれを望むなら勝手にしろ。」
冷たいながらの承諾にイリーナはニンマリと笑った。
車に乗り込むと発車する前に烏間に注意されたことがひとつある。
「運転中は話しかけるな。」
厳しい口調でそれだけを言われ、車は動き出した。
「からすまぁ。ねぇ聞いてるの?烏間ってば!」
イリーナは烏間の注意を聞かずこれでもかと、烏間の名前を呼んだ。
「うるさいぞ。話しかけるなと言っただろ。」
烏間はミラー越しにイリーナを睨みつける。
「私は返事してないからあんなの無効よ。」