第1章 あの発言。
「ただ、今まで手段として恋人を作ってきたから...。その...今までのことを知られて嫌われるんじゃないかとか...」
イリーナは過去に恋人ごっこをして殺した死者のことを思い出す。
(生きていくためとはいえ私はいろんなものを捨ててきた。)
振り返った烏間はイリーナに手を差し伸べる。
「過去は過去だ。今の俺達には関係の無い話だ。」
烏間は嘘偽りのない瞳でイリーナの瞳を映した。
イリーナは綻んだ微笑みを烏間に見せ、手を重ねた。
歩き出そうとするイリーナに対し、何故か烏間は再び眉間にシワを寄せた。
「違う。手に持っているそれを寄こせ。」
顎をクイッとイリーナのヒールに向けた。
イリーナの顔が一気に赤くなった。
「ま、紛らわしいことするんじゃないわよ!」
イリーナは地面につける面をわざと烏間の手に乗せ、どかどかと歩き始めた。
ため息をした後、烏間はイリーナの肩に手を乗せ、履いているヒールの方向に押す。
高低の違いのため簡単によろけるイリーナの背中を腕で抱きとめ、ヒールを持つ方の手でイリーナの脚を抱き抱える。
(合宿でも思ったが見た目より重いな。)
「な!?何すんのよ、烏間!」
「人の話を聞く前に何処か行こうとするからだろう。問題ない。予定通りの行動をしているだけだ。」
涼しい顔をして烏間はイリーナを抱き抱えながらビロードの上を堂々と歩く。
「答えになってないわよ!」
「お前がエスコートもできないのかと言ったんだ。エスコートできる状態に持っていくのは筋じゃないのか。」
烏間は目だけでイリーナを見る。
不意打ちで目が合ってしまいイリーナは慌てて視線を逸らした。
「だからってここは一流ホテルよ。」
「お前は裸足で一流ホテルを歩き回りたいのか。」
「んなわけないでしょうが!」
イリーナはクラッチバッグで胸元を叩く。
「フッ」
あまり表情を変えない烏間の口角が僅かに上がっている。
(なによ。いつの間にか少しの表情の変化もわかるようになっちゃったじゃないの。)
「ホテルのロビーまでこのまま連れていってやる。フロントにヒールは用意させる、それでいいか?」