第2章 黄瀬の「き」はキモいの「き」!
蒸し暑い1日だった。
久しぶりのモデルの仕事で、早朝からの撮影が終わり帰る途中、携帯のバイブが振動した。
表示されたのは見知らぬ番号。
いつもなら登録してない番号は無視するのに、その時はなぜか通話ボタンを押していた。
「もしもし?」
『あ、もしもし。突然お電話して申し訳ありません。黄瀬さんでいらっしゃいますか?』
「…そうですけど」
なにかの勧誘か、どこかから電話番号を入手したファンかとも思ったが、
電話越しから聞こえる透き通るような女性の声をもっと聞きたくて肯定の言葉を返した。
『私金井と申します。あの、間違っていたらごめんなさい。お財布、落とされませんでしたか?』
言われてみて、財布を入れていたズボンのポケットを探ってみる。
「……落とした、みたいッスね」
『ご本人でよかったです。さっき公園の近くでお財布を拾いまして。交番が見当たらなかったので、失礼ながら身分がわかるものがないかと中を見させて頂いたら、同じ名刺がたくさん入っていたのでお電話したんです。あの、今どちらにいらっしゃいますか?』
「え?駅前ッスけど…」
『わかりました。では今からそちらにお持ちしますので、駅前のベンチで待っていてください。では後ほど』
「え、あ、ちょっと…」
通話終了の機械音を聞きながら、オレは呆然としてしまった。
財布を落としていたことにも驚いたけど、
拾ったものをわざわざ届けに来るなんて。
普通は落とし主が取りに行くもんじゃないのか?
と思いながらも、大人しくベンチで待つことにした。
むこうからそう言ってきたのだから、有り難くそうさせてもらおうと思ったのだ。
まぁ、オレがたまたま駅前にいたから、電車に乗るついでにでも渡そうと思っているのだろう。
そうでなかったとしたら、名刺を見たと言っていたからオレがモデルの黄瀬涼太だと知って、恩を売りたいのか、好感度をあげたいだけかもしれない。
御礼にデートしてくださいとか言われたらどうしよ。面倒くさいな…
喋り方からして年上っぽいけど
女の子なんて皆同じ。
声が綺麗でも、心まで綺麗なわけじゃないんだ。