第32章 未来の為に
こうして、自分の胸の内を打ち明けられるようになるまで、彼女はどれくらいの涙を流したのだろうかーーー
そんなことを考えながらカカシが黙って聞いていると、リエは顔を上げて言葉を続けた。
「先生…私、少しの間里を離れようと思っています。ここにいると皆の優しさに甘えて、このままの状態から抜け出せない気がするんです。今のままじゃ、ずっと未来(さき)に進めないから…。
だから私、もっと色んなものを見て、経験して、たくさんの人と接して、ちっぽけな心の弱い今の自分を変えたいんです。心も身体も、もっと強くなる為に、旅に出たいんです。帰って来たときに、たくさんの思い出があるこの里が大好きだって、心から言える私でありたいから」
そう真っ直ぐに思いをぶつける彼女の目を見て、カカシは思った。
もしかしたら、カカシがこうして今リエと話をしている”本当の目的”をわかった上で、リエは自分の思いの丈を正直に伝えているのかもしれないと。
……実のところ、カカシは綱手に「里を出たいと言ってるリエの真意を探れ」と命令された上でリエの話を聞いていた。
綱手は火影として、リエが里抜けしサスケの元へ行く気が少しでもないか、反旗を翻す危険性はないかを、きちんと把握しておきたかったに違いない。
彼女はちゃんと、綱手のその気持ちもわかっていたのだろう。
「…そうか。わかった」
何を言われても説得してみせるよ、という意味でにっこりと笑ってみせると、リエもそれを察したのか、深々と頭を下げた。
「久しぶりにたくさん話したら、少しお腹が空いてきました。先生、本当に夕飯つくってくれますか?先生の手料理、食べてみたいです」
その言葉が本心かどうかはわからないが、前向きになろうと新たな道を歩もうとしている彼女の、始まりの一歩だとカカシは思った。
劇的な変化ではない。
それでも、今日最初に顔を合わせたときのような鬱々とした雰囲気は消えていた。
気持ちを言葉にしたことでリエの中の大きな悲しみが少しでも和らいだのなら、それは大きな収穫だろう。
「それは、期待に応えられるよう頑張らないとな」
カカシは微笑み、リエの頭を優しく撫でた。
彼女の近い未来に、明るい光が差し込むよう、願いながら。