第32章 未来の為に
「…ところで、昨晩リエが出歩いてるの見かけたんだけど、火影岩に何か用事でもあったのか?」
そう問いかけられ、リエはカカシを真っ直ぐに見つめる。
「……尾けていたんですか」
「いやぁ、たまたま見かけて、ね」
とは言ったものの、本当は昨日だけではない。
リエの家を訪ねたときに魂の抜けたような彼女を見てからというもの、カカシはずっとリエの様子を窺っていた。
あれから毎晩、リエは夜も更けた頃に家から出て、火影岩に向かう。
特にそこで何をするわけでもなく、ただ空を見上げるだけなのだが。
星も出ていない厚い雲に覆われた暗い空でも、彼女はいつまでも見つめ続けていた。
「神獣がついてるとはいえ、出かけるの真夜中だし、ちょっと心配でね。どうしたのかなぁって気になっちゃってさ」
「………」
火影岩に着き人目がなくなると、リエの隣にはいつの間にか神獣の姿があった。
彼女に気付かれないよう気配を消していたのにさすがというべきか、初めてその現場を窺っていたとき神獣はチラリとカカシの方に目を向けた。
一度直接彼と話をしていた為に警戒されずに済んだのか、カカシがリエの様子を見守っているだけだとわかると神獣は何も言わず目を伏せ、それ以来存在すら気にもされなくなった。
二人が何かを話している様子はなかった。
ただ、神獣がリエの傍に身を寄せている。
べったりとくっついているわけではないが、やはり伝説の神獣といえども主が心配なのだろう。
初めて彼に会ったとき、”我が主を頼む”と言った彼の真っ直ぐな眼を思い出した。
人間も動物も、神と呼ばれる者までも。
彼女を大切に思う心根は、皆同じなんだと思った。
そしてそのまま日付が変わり、夜が明けると、日が出てからリエはとぼとぼと家へ戻っていく。
そんな毎日の行動を、カカシはずっと見ていたのだ。