第4章 「あの日」
最初にこの敷居を跨いだときと同じ、ずぶ濡れの体で扉を開ける。
しかしあのときとは違い、誰も出て来てはくれなかった。
明かりはなく、人がいる気配もない。
よくミコトの手伝いをしたキッチン。
イタチやサスケと笑って過ごした居間。
皆で囲んだ食卓。
三人で座りながら空を見上げた縁側。
誰もいない暗く冷たい廊下を歩きながら、ふいに楽しかった日々が脳裏を過る。
そして見つけた。
一番奥の稽古場に、膝をつき項垂れているサスケの姿があった。
「…………サスケ……?」
リエが声をかけると彼は肩を震わせたが、振り返ることはなかった。
力を入れ声を殺して、止まらない涙を流していることは、顔を見ずともすぐにわかった。
彼の足元を見れば、黒ずんだ大量の血の跡が残っている。
サスケの様子からして、その血を流した誰かは、この家の住人であることは間違いないだろう。
((嘘……だって、うちは一族が持ってる写輪眼は普通の忍じゃ対抗出来ないって…同じような瞳術を持ってないと相手にもならないってフガクさんが言ってた、のに))
そう考えたとき、頭に浮かんだのは、紅い瞳。
あのとき最後に見た、イタチの写輪眼。
そして、イタチのただならぬ雰囲気とーーー別れの言葉。
血の跡は一箇所にまとまっていた。
一人にしては量が多すぎるような気がする。
もしかしたら、重なるようにして倒れたのかもしれない。
二人一緒だったとなれば、血を流したのは多分
ーーーフガクと、ミコトだ。
((こうなることが、わかってた……?だから、私がここに近づかないように………眠らせたの?))
信じたくはない。ただの思い過ごしであってほしい。
でも、警備部隊隊長であるフガクにも勝る力を持つであろう瞳術使いは、リエは一人しか知らなかった。