第18章 xxx ending √3:TETSURO
幼い足音が駆けていく。
大学と並ぶように建てられた病院。その広大な敷地内にある、古びたカフェテリア。
母親の見舞いだろうか。
俺の前を颯爽と走り抜けていった子供は、テラス席にいた女性に飛びついて、満面の笑みを見せた。
幸せそうに微笑む母子。
遅れてやってくる父親。
愛に満ち満ちた景色がそこにあった。見ているだけで、こっちの心まで暖かくなってくる。
心地いい午後だった。
「黒尾ー」
後方から聞こえた声。
振り向けば、こちらに歩いてくる彼女が目に映る。細い腕を目一杯に伸ばして、手を振って、俺を呼ぶ。
「……可愛いんだよなァ」
思わず小さな本音が漏れた。
【放っておけない】
たしかに初めはその程度の感情でしかなかったし、それは、研磨に抱くそれと変わらなかった。変わらなかったのだけれど。
彼女は見るたびに泣いていた。
目を赤く腫らして泣いていた。
笑った顔が見たい。
そう思ったのはいつのことだったか。
あいつは結構表情豊かだし、元々よく笑ったり怒ったり、忙しいやつだけど。でも、なんか違うんだよな。
腹の底から笑ってるようには見えなくて。そんな、空笑いばかりを見てたら、余計に放っておけなくなって。
気付けば彼女のことばかり考えてた。仕事中も、休みの日も、何をしてても頭に浮かぶんだ。カオリの泣き顔が。
(恋しちゃいました、ってか)
自嘲して、短く嘆息する。
想えば想うほど溜息が増えていく。俺は、彼女に恋してる。なのに、口をついて出るのは憎まれ口ばかりだ。
この恋に素直になれなかった。
俺の気持ちを伝えることすら、今のあいつには重荷になるんじゃないか。そう思うから。
それが虚しくて、苦しい。