第15章 extra xxx 003
(俺らもしとく? チューとか)
(絶対しないしマジウザい)
(即答かつ手厳しい答えだな)
元上司の痴態を前に、ほぼ口パクで痴話喧嘩。くだらないやり取りをしつつ頭を巡らせる。
状況がどうだったにせよ、私は、ピンクオウルと敵対関係にある店に引き抜かれたのだ。
それは裏切りに他ならない。
ここでオーナーと鉢合わせしてしまったら、何を言われるか。考えるだけで恐ろしい。一刻も早く逃げなければ。
(……黒尾、遠回りしよう)
反対側の通路から回れば、オーナーに見つかることなく駐輪場に辿りつける。
右斜め後方にいるはずの黒尾に声をかけたが、しかし、彼は動こうとしなかった。
どうしたの?
視線だけで問いかける。
高いところから私を見つめる猫のような瞳は、いつになく、真剣だった。
(お前さ、……ずっとそうやって、逃げながら生きていくつもり?)
グサリ
包丁で抉られたみたい。
彼は、黒尾は、私が思うよりもずっとずっと、私のことを考えてくれてる。それが痛いほど伝わってくる。
逃げるな、選択しろ、戦え。
彼の目がそう語りかけてきて、顔を、背けることができない。
(大丈夫。俺が、守るから)
彼は言う。大丈夫。
それはいつか聞いた台詞。忘れもしない、岩泉さんの台詞。
走馬灯のように今までの出来事が、廻る、巡る。徹くんの悲しそうな背中。慈愛に満ちた京治さんの手紙。
私、どうすればいいの。
(…………私、は)
これはきっと分岐点だ。
運命の分かれ道。未来へと続く交差点。どちらへ曲がる。どちらへ進む。何を、選択する。
永遠にも感じる時間が流れて、私が導きだした【選択】は──
第三話「消えた研磨の行方」__fin.