第1章 彼と初めて出会った日の事
お坊ちゃんはそれを見てすぐさまカバンへと駆け寄るなり振り返って私に言いました。
「彼だ!キク、彼だよ!」
「…なんや、坊ちゃんとこのガキンチョやないか」
トーニョさんの眼光が鈍く光るのを確認すると私は素早く一歩前へ出ました。
「トーニョさん。無粋なことはなさらないでください」
「キク…あぁ、今の仕事はそんなんやったなぁ。まぁ俺も今回はお忍びやし見逃したるわ」
「…詳しいことは分かりませんが、なぜ貴方がこのような事を?」
トーニョさんは私の問いかけには答えず、ただ帽子をかぶり直すだけでした。
ダウンタウンの子供が下町のましてやギャングの拠点などに迷い込むはずがありません。
特に、もし本当に彼がこの黒猫の飼い主なら下町の事をよく知り尽くしているはずですから。
私はお坊ちゃんに必ずここにいるようにと強く言ってからトーニョさんを追って店の外へ行きました。
「あ、キクだ~。久しぶり、元気?」
「お久しぶりです、フェリシアーノ君。貴方もお変わりありませんか?」
外ではまた懐かしい顔が見えました。フェリシアーノ君は下町で密かに名をはせる双子の一人です。
話に花を咲かせようとするフェリシアーノ君をトーニョさんは呼びつけ、地上へと向かいました。
一瞬しか見えなかったトーニョさんの表情が少し焦っていたように感じ、私は深追いは危険だと判断し店内へ入りました。
店内へと戻ると、先ほどまで見えなかった少女がいるのに気づきます。
その子は地下街の人間にしては気品を感じさせ、お坊ちゃんと言葉を交わすその仕草も教養を感じさせました。
「キク、彼女とは前に会ったことがあるんだ。彼女は――」
「きっと誤解です。貴方とは初対面です」
「まさか。君を忘れはしないよ」
「アルフレッド君、女性に迷惑をかけてはいけませんよ」
彼女が地下街の育ちではないのは確かですが、彼女には彼女なりの事情があるのでしょう。
カバンの中で眠っていた少年はすでに目を覚ましたようで猫を抱えていました。
彼の仕事柄、お坊ちゃんの顔を知っていてもおかしくありません。
「もうすぐお帰りになる方がいるでしょう?間に合わなくなりますよ」
「帰ろう!すぐに帰ろう!」
私はお坊ちゃんを連れて闇に潜むように地上へと出ました。
またすぐに来ることになるとはその時は思いもいません。
まして、あの少年と再会するとは…。
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