第7章 横恋慕 ~片倉小十郎~
格子戸の隙間から差し込む朝の光に、琴子はそっと瞼を持ち上げた。
すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が隣から聞こえてくる。
すんなりと起きた試しがない小十郎に背を向けて琴子は手早く着替えた。
「小十郎様。起きてください」
顔を洗いに行く前に、一度小十郎に声をかける。
んんん、と唸ったのを確認して琴子は部屋を出た。
「今日もいい天気だなぁ」
晴れ渡った空、朝の空気をめいっぱい吸い込む。
顔も洗ってすっきりした琴子は再び小十郎の部屋へ戻ってきた。
「小十郎様。起きてください」
案の定、褥の上に寝転がったままだった。
ほんの少し揺さぶると、小十郎は再びむにゃむにゃと掠れた声を出す。
「ぅん…起きてる…目、閉じてるだけ…」
「もう、またそんなこと言って…起きてないじゃないですか」
ため息をついて琴子は格子戸を開け放つ。
「んんん…まぶしい…」
きゅ、と眉間に皺が寄る。
普段とは違う可愛らしい仕草に琴子の表情は緩んだ。
「朝餉の準備に行って参ります。ちゃんと起きてくださいね」
「ああ…」
うっすらと目を開ける小十郎に笑顔を返し、琴子は炊事場へ向かった。
そうして朝餉を共に取った後、城仕えのために屋敷を出た。
小姓としての仕事がひと段落つけば昼餉の支度だ。
前日から成実に頼まれていた琴子は三人分の昼餉を政宗の部屋へ届けるため、膳を三段重ねて持ち上げる。
「よっ…と」
実家の小料理屋では脚の付いた膳を使うことはなかったが、一気に数人分運べるので中々便利なものだと最近感じるようになった。
当初は重くてふらついていたが、多少は筋肉がついたのか三段ほどであれば平気で持ち運べるほどだ。
「政宗様、昼餉をお持ちいたしました」
「ああ、入ってくれ」
「失礼いたします」
すっと襖を引いてみれば、政宗の前には成実、小十郎が座していた。
「琴子、ありがとう。三人分は大変だっただろ?」
「いえ、これくらい朝飯前ですよ」
「ははっ、今なら昼飯前、だな」
成実の明るい笑顔に釣られてくすくすと笑っていると、政宗に「琴子」と呼ばれた。