第8章 悪いことしましょ
『目障りなんだよね』
赤葦に言われた言葉が、冷たく感情のない彼の瞳が、頭から離れないまま。
どうやって水族館を飛び出してきたんだろう。どこから電車に乗って、どの改札を出たんだっけ。
茫然自失として、ひとり。
休日の雑踏のなかを歩く。
忍びよる夜の気配。群青に染まる空。日はすでに落ちかかっているのに、どうしても帰路につく気にはなれなかった。
家に帰れば兄がいるし、あれ以来、彼とはギクシャクしたままなのだ。
どこにも行く場所なんてない。
「……なんでかな」
誰に言うでもなく呟いた。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。私、ただ、好きなだけ。光太郎のことが誰よりも好き。
ただ、それだけ。なのに。
「……っお兄、ちゃん」
華々しい路面店が建ち並び、街路樹の落ち葉が舞う、長く緩やかな坂の真ん中。
人知れず涙を流して、ぽたぽたと。
まるで迷子の子供みたいに俯いて、小さく嗚咽を漏らして、濡れた目元を何度も拭った。