第17章 美瑠ー鬼鮫ー
僅かな邂逅の他、鬼鮫と美瑠の間にはもう会えない時間があるだけだ。それは限りもなく茫々と何処までも何時までも無限に続く、気が遠くなるような虚無感で鬼鮫をときに呆然とさせる。
「何にも無い?何でそんな事言うんです?」
美瑠とはまるで違う、本当に馬鹿な女が飄々と言う。
「貴方がずっと考え続けて思い続ける限り、何にもないなんて事ないでしょう。何にも無いっていうのは、本当に何にも無い事なんですからね」
例によってわかったようなわからないような事を言って、女は笑った。
「森羅万象は悉く意義を携えて表裏を結びながら巡って行くのです。生死が隔てるものはその中の、目に見えるほんの一端でしかありません。むしろ形無いモノの方が永く深く、育むという行為には打ってつけかも知れませんよ?」
「またいい加減な事を小賢しらに言う。口から先に生まれて来たとは正にあなたの為にあるような言葉ですねえ・・・」
「ははは。会えない時間が育てるものだって必ずありますよ。焦らない事ですね、干柿さん」
そうだろうか。
美瑠への傷みは、憧憬は、そして思慕は、何を育むのだろう。いつかそれが鬼鮫を苛むだけのものでなくなる日は来るのだろうか。
清々しい香りと風に舞う白い布。
美瑠という女。
会えない時間と僅かな記憶を抱えて、鬼鮫の中から消えることのないもの。
風はまた吹いた。けれど、それに吹かれる美瑠はいない。
大きな傷みを呑み込んで、鬼鮫はまた、会えない時間を抱え込んでいく。