第8章 お守りー我愛羅ー
砂は砂でしかない。あまりにも身近過ぎて、砂について改めて考えた事がない。岩石の砕屑物の無限にも思える集合体。
「私もここに来るまでは、砂は砂で他に何か考えたりはしなかったの」
我愛羅を朝の窓辺に誘った女は、白い顔で表を眺めて優しく笑っていた。
「でもね、朝に晩に砂漠を眺めていたらすぐに砂は凄く綺麗なものなんだって気付いたわ。あれだけ熱くて冷たくて月や太陽と仲がいいものって他にあるかしら?」
我愛羅はまだほんの子供で、だから絵本みたいな事を言う女がちょっとステキだなと思った。月や太陽と仲がいい?砂が?面白いな。
女は阿修理おじさんのお嫁さんで遠目に見た事は何度かあるが、二人で話したのはこれが初めてだった。お地蔵様みたようなこの女が、阿修理と結婚した事で自分のおばさんになったのを我愛羅はこの時初めて知った。
「ふふ。変な事を言ってますね、私。我愛羅さんは砂はお好き?」
笑顔で尋ねられて我愛羅は言葉に詰まる。
砂って里の話かな。それとも、ただ砂の事?
どっちにしても、手放しで好きと言い切れるものではなかった。そんな風に考えた事がないし、どっちも我愛羅を好いてはいないように思えるから、答えが出し辛い。
女は急かすでもなく、また答えを待つようでもなく、窓辺の椅子にかけておっとりと表を眺めている。
外は朝焼けとその陽射しが造る真黒い影に彩られた砂漠が鮮やかなコントラストを描いていて、美しい。
成る程、砂は綺麗だ。
我愛羅は女の横顔と表の景色を交互に見て、くすぐったい心持ちになった。
でもこの人もそれに負けないくらい、綺麗だ。
我愛羅は不思議な気持ちで叔母を見た。
何で皆みたいに僕を怖がらないのか、何で僕はこの人を怖がらないのか、この人が怖がらないから怖くないのかな。いやホントを言えばやっぱりちょっと怖い。でも平気だ。だってこの人は・・・・あんまり僕に興味がなさそうだから。
優しそうだし、優しいんだろう。でも、夜叉丸のような温かさは感じない。取り付く島のないような乾いた気配がする。それが我愛羅を妙に安心させた。
「・・・・砂って、どっちの砂?」
声が聞きたくて問い返してみる。
叔母は我愛羅を見返るでもなく、微笑して首を傾げた。
「そうですねえ・・・我愛羅さんの頭に最初に浮かんだ砂の方、かしらねえ?」