第47章 晩夏の用心棒ーイタチ、鬼鮫、飛段ー
「取り壊すってェか…他所から居抜きで買い取りてェって話はちょいちょいあるんでさ。だから…」
「9割のうちのどれかからですね?成る程皆さんお盛んでいらっしゃる。立地条件金銭問題人材不足とオールラウンドで鄙びてるのは残る1割のうちの依頼主のみと…」
「ヤなこと言いやがるな」
「ヤですか?そうですか?私なら邪神を崇拝する殺人狂に用心棒を依頼する方が余っ程ヤですけどね」
「えぇ…?」
「えぇってなんです?そもそもあなたが仕事を依頼した暁はどれをとっても大なり小なりそんなもの、難ありばかりの大粒揃い…ぎゃふ…ッ」
いきなり頭頂部に拳骨をくらった牡蠣殻は頭を抱えてしゃがみ込んだ。心ならずも慣れてしまったこの痛み。
「こんなところで何をしているんですか、貴女は」
静かーで嫌味な声。牡蠣殻は歯噛みした。出た。出た出た出た。
要がヒッと息を呑む音がする。余程怖いものを見てしまったのだろう。ー例えば大刀を背負った顔色の悪い鮫面の大男とか。…可哀想に…。
「要さん…警察を…警察を呼んで下さい…変質者兼通り魔が出たと通報しででででで…ッ!!!痛い痛い!耳を引っ張らないで下さい!!干柿さん!」
後ろからぐいと耳を掴んで引き上げられ、牡蠣殻は狼藉者の腕を掴んで喚いた。これまた心ならずも慣れた痛み。
「ほう。顔も見ないで私だと断定する?」
嫌味な声は止まない。嫌味な上に苛立ち始めているのがわかる。
要が後退りし始めている。逃げる隙を伺っているのだ。無理もない。
牡蠣殻は涙目で耳を引き千切る勢いで容赦なく引っ張り上げる手を力なく叩いた。
「…いやもう、私だと断定するって言ってる時点で大正解ですよね?」
「こっちを見なさい」
「見て欲しかったら手を放して下さい。このまま振り向いたら耳が捩じ切れますって」
「私はそれでも構いませんよ」
「そうでしょうとも。千切れるのは貴方の耳じゃありませんからね」
「驚きましたね。何を言うんですか。これは私の耳ですよ。何せあなたは私のものですからね。だとすればあなたの耳は私の耳。その上で構わないと言ってるんです。弁えなさい」
「えぇ…?」
要がドン引きして更に一歩退がる。
「いや、ちょっと待って下さい。要さん、違うんです」
慌てて言い訳しようとした牡蠣殻の頭が大きな手で鷲掴みされた。
