第47章 晩夏の用心棒ーイタチ、鬼鮫、飛段ー
事の起こりは任務後の慰安だった。
昔から温泉で栄え、今は寂れたものの矢張り主たる収入を温泉客の落とす金に依る山間の小さな街。
鬼鮫とイタチはそこで他里から依頼を受けたターゲットを仕留めた。元から無頼で里に迷惑をかけ通していたらしいその男は、この寂れた温泉地を終の場と思い定めて観念していた様子で、思いの他あっさりと討たれた。
飲み食い遊びに費やした多大な支払いを残して。
「気持ちはわからなくもありませんがね」
2階屋の窓表に広がる緑の山並みを眺めながら、鬼鮫は眉間に皺して笑った。
「悪人にも一分の理ってヤツですか」
「…理はない。だが最後を好きにしたいという気持ちはわかる」
鬼鮫の向かいで食べ終えた団子の皿を思わしげに凝視していたイタチが目を上げた。次の団子を頼むかどうか、心が決まったらしく、室の入り戸を眺めて立ち上がる。
5皿目を頼みに行く気らしい。
食べ過ぎだ。
「意外に悪くない生き方だったんじゃないですか。跳梁跋扈、我田引水、傍若無人。いっそ清々しい。何せ死してなおこの私たちにまで迷惑を掛けてますからねえ」
鬼鮫は鬼鮫で6本目の徳利の最後のひと滴を酒坏代わりの湯呑みにあけ、すぅと呑み干して立ち上がる。
7本目を頼む気らしい。
呑み過ぎだ。
仕留めた男の残した支払いは男の里が持つことになった。何せ男は元が里の跡取り、惣領息子だったのだから埒も無い。
問題は、その依頼先の里がバカ息子の支払いと暁への支払いを一遍にまとめてしまったことだ。
つまり、里の者が金を持ってここに来るまで、鬼鮫とイタチは足止めを食らう羽目になってしまった。
温泉地を束ねる分限者と、バカ息子の里との間にも何某かの話し合いが持たれたことも何となしにわかる。所謂迷惑料をバカ息子の里が支払う話がまとまったのだろう。
鬼鮫とイタチは諸々の支払いの、半ば人質のような格好でここに居る。
依頼主のバカ息子の里は兎も角、この温泉地の者は二人の素性を知らない。
恐らくは安直にバカ息子の里の者とでも思っているのだろう。故に二人を迷惑料とバカ息子の散財の始末の質として預かろうなどと、命知らずな真似をする訳だ。
バカ息子の里にしてみれば、それでビンゴブッカーたる二人が短気を起こして暴れ出し、何なら寂れた温泉地を殲滅でもしてくれれば勿怪の幸い、支払いは暁への報酬のみで済むのだから何の問題もない。