第44章 春風ーしゅんぷうー
花の盛りは短く儚い。
「咲き出す端から次の春が待ち遠しいのっておかしいですよね」
それはそれだけ今が満たされているから。
「でも次の春に咲く花は、今見ているこの花と同じものではないから」
刹那。
そして一期一会。
「寂しいけれど、だからこそ一層今目の前で見る桜がその度一番綺麗に見えるんでしょうね」
全ては形を変えて流れ行き、同じ時は二度と巡っては来ない。
満たされた器は何時かひび割れ渇き、ひびを塞いではまた何かで満たされようとする。
顔を上げる。
振り返る。
不意に振り向かれて怪訝げに見返す真黒い目を捉える。
そう。何時までも続くものなどない。
だから奪うのだ。その全てを身中に囲って二度と逃がさぬように。
腕を伸ばして掴んだ乾いた小さな手は仄温かく、"今"を感じさせる。
これは私のもの。他の何者でもない私だけのもの。
握り返して来る乾いた手の確かな感触を頼りに足を踏み出した。
何処までこうして行けるのか。先は見えない。
だがこの手を離すつもりはない。逃がすつもりもない。
綻んだ端から花が散る。
花片を孕んだ風が行く。
春霞の彼方、はや次の花を思わせながら儚く、行く。
了