第42章 秋の夜長の暇尽くし ー暁ー
暑さの勢いの落ちた長月の末、涼んで冷たくなり始めた夜気を秋の虫の音が震わし、夜毎昇る月の色がすっきりと滲みなく澄み渡る時節。
「目が赤いぞ。また夜更かしか」
傀儡を弄りながらサソリが目も上げずボソリと言った。広間に入り込んだ蟋蟀が、何処かでチリチリ鳴いている。
「あー。うーん…」
言われたデイダラはだらしなく卓に顔をつけて、気のない声を出した。
「過ごし易くなった途端夜更かしか。餓鬼だな」
珍しく帳面を繰るでも算盤を弾くでもなく、手持ち無沙汰気味に湯気の立つお茶を呑んでいた角都が鹿爪らしくデイダラを腐す。と、その向かいでしるこサンドを齧っていたイタチが、急須の蓋を開けて中の茶葉を覗き込みながら首を振った。
「夜の眠りが浅くて夜更かしなんだか早起きなんだかわからないようなサイクルでいる年寄りは人の心配をする分際にないと思うぞ。睡眠導入剤を呑め、角都」
「そんなもの俺には必要ない。無闇に人に薬をすすめるな」
角都があからさまに厭な顔をしてイタチを睨み付けた。イタチはそんな角都を物凄く誠実な澄んだ目で見返す。
「無闇にすすめてなどいない。俺は真っ直ぐピンポイントでお前に眠剤をすすめているのだ。死んだように眠れ、角都」
「…………お前ホンットむかつくな…」
「腹を立ててばかりいると寿命が縮まるぞ?とは言えそれも一興…」
「何が一興だ、この馬鹿。人の寿命に雅味を覚えるな、モンスターめ」
「モンスターではない。ナイスガイ、則ち大スターだ」
「……イタチさん。それは流石に痛いですよ…」
黙って鮫肌の手入れをしていた鬼鮫が呆れ顔で割って入った。茶葉を変えてお茶を入れ直したイタチが、真顔で頷く。
「失敗したと思った矢先にナイスフォローだ、鬼鮫。確かに自分で言っては痛い台詞だ。…さあ、角都」
「さあって何だ。こっちから話が逸れて安心したところに旋回して来るな。質と質の悪いドローンみたいな奴だな、お前は」
「さあ、角都」
「だから何なんだ。"さあ"と言われても何にも"さあ"なことなどないぞ。殴り付けられたいのか?そういう"さあ"か?」
「馬鹿め」
「馬鹿はお前だ」
「さあ、俺自身では言い辛いことを言ってくれていいんだぞと、そういう"さあ"だ。察しの悪い…」
「それはお前をモンスターではなく大スターと呼べと、そういうことか?」