第41章 暑くて投げ遣り
「…何で黙るんです」
「いや、あの…何か逆にすいません…」
「逆?逆というのはどういうことです」
「余計なこと言っちゃって…」
「…余計なこと?」
「あからさま過ぎる巧言令色というか」
「ほう」
「心にもない美辞麗句というか」
「ふん?」
「不用意に煽惑してしまったというか」
「こんなことで煽惑されるような私だと思いますか」
「いいえ。貴方はご自身をよく把握していらっしゃられますから、そこらへん潔く諦めはついておられるだろうとは思いますがね。それだけに申し訳なく不憫に思ってしまうのです…」
「…向かっ腹立ちますねえ……」
鬼鮫は牡蠣殻の袷の襟首を掴んでひょいと持ち上げた。吊り上げた牡蠣殻と顔を突き合わせた鬼鮫の口角が上がる。
「私が美男子ならあなたは美女でしょう?」
「…あらぁ…。成る程こりゃ向かっ腹が立ちますねえ」
「ざまを見ましたか?」
「見ました。見ましたから放して下さい。近いと暑くて堪りません。………何してるんですか」
「わかりませんか?脱がせてるんですよ」
「いやいやいやいや、お気遣いなく」
「暑過ぎると訳がわからなくなるもんなんですねえ」
「錯乱するなら一人のときにして下さいよ」
「次からはそうしますよ」
「そう言う人に次なんか来ませんよ。明日から宿題頑張るって子に何時まで経っても明日が来ないのと一緒です。明日は来なくても夏休みは終わりますからね。ジャン・バルジャンですよ」
「ああ無情?」
「ああ無情」
「…あなたの体のことみたいですね」
「…勝手に脱がせ出して何を言い出すか、この鮫は。流石に怒りますよ、干柿さん」
「今のは暑さで錯乱した失言と思って聞き流しましょう」
「錯乱してるのは貴方ですよ……それはパンツだ!いい加減にしろ、こら!」
「…風情のない言い方ですねえ。パンツですか。他の呼びようはありませんか」
「パンツに風情なんかありませんよ。止めろ!ゴムが伸びる!」
「心配要りませんよ。その風情のないパンツのゴムはたった今切れました」
「ば…ッ、何てことしてくれてんですか、アンタはッ!!磯者は荷物を増やさないために三枚の下着を大事に使うのが決まりなんですよ!?その貴重な三枚の内一枚を…ッ」
「三枚?道理でゴムもすぐ切れる訳ですよ。染みッ垂れてますねえ」