第41章 暑くて投げ遣り
昼下がり、一日で一番暑くなる時刻。
風鈴を吊った窓を開け放した室で牡蠣殻磯辺は床に寝転がってボーッと天井を見上げていた。時折申し訳程度に吹き込む熱い風が風鈴の短冊を揺らして涼しげな音をたてる。
ちりーん。
これだけ暑いと風鈴の音もまるで嫌味のように聞こえるから不思議だ。
「人間て暑さと怒りの区別がつかないって知ってました?干柿さん」
「知りませんよ、そんなこと」
愚にもつかない牡蠣殻の雑談に、卓に片肘をついて温んだお茶を呑んでいた干柿鬼鮫が間髪入れず冷たく答える。
「ああ…。干柿さんは暑さどころか何もかもと怒りの区別がついてなさそうですものね…。愚問でした」
「…そのまま床に貼り付けて欲しいんですか?昆虫標本の百足か団子虫みたいに?」
「干柿さんは百足や団子虫をわざわざ標本にするんですか?変わってますねえ…」
「………」
「人間は固体ですよね」
「…まあそう言っていいでしょうね。固体だと思いますよ」
「ですよね。でも、それにも関わらず時々液体か気体になるんじゃないかと思うときがあるのは何なんでしょうかね?不思議です」
「つまり溶けて液体になるか蒸発して気体になるんじゃないかってくらい暑いと言いたいんですかね、牡蠣殻さん」
「ご名答です、干柿さん。体が原型を留める努力を放棄しつつあるのを感じます。ピンチです」
「ああ、そうですか。それは大変ですね。ですが心配はご無用ですよ。万が一溶けた場合は浴槽に溜めて沸かして使いますし、気化し始めたら個室に閉じ込めてサウナとして利用しますよ。あなたという液体や気体を取り敢えず無駄にはしません。安心しなさい」
「気持ち悪いこと言いますねえ…。そんな湯や蒸気に浸かったり包まれたりしたいんですか、貴方は。ちょっとどうかしてますよ…」
「話が長くなりそうだから突っ込みませんよ」
「ボケ倒しじゃ後生が悪くありませんか?」
「あなたの後生なんかどうだっていいんですよ。むしろ悪ければ悪い程良いくらいのもんです。そんなに暑いなら余計な口を叩いてないでまずその暑苦しい格好を止めたらどうです。大体あなたは何だって一年中同じ格好をしてるんですか。季節感がないにも程がある。夏場くらい袷は止めて単衣にしたらどうです。脚衣も要らないでしょう?衣替えしなさい。その程度に人並みなことをしてもバチは当たらないと思いますがね」