第39章 雪の降り積む ー路地裏イチャイチャin干柿鬼鮫&牡蠣殻磯辺ー
年末の夕間暮れ、あちこちから夕餉の支度の音と匂いがかまびすしい町の路地裏。
「この時節この刻限って人恋しくなりますねえ」
ダストボックスに腰掛けて、牡蠣殻がぼんやり呟く。縁に掛けた片足の膝に肘をのせ、頬杖をついてゆっくり瞬きする様は、市井の穏やかな喧騒を楽しんでいるようにも、羨んでいるようにも見える。
恐らくはどちらも正解だろう。
牡蠣殻には帰る家どころか帰れる在所がない。
「ホームシックですか」
敢えて投げ掛けた意地の悪い問いは苦笑いで紛らわされた。
「悪趣味ですよ、干柿さん。家のない者にホームシックはない」
「生憎私の趣味が悪いのは今に始まったことじゃありませんのでね」
「干柿さんは根っからの露悪主義ですもんね」
「そうですよ」
腕を伸ばして肘に触れると、一瞬怯んだように姿勢を正す。伸ばした腕は正された姿勢にはぐらかされて宙ぶらりんになった。驚いて身動ぎした拍子にたまたまそうなった、そういう態。避けたように思われないが、避けられた。牡蠣殻は逃げるのが巧い。
「そろそろ出てもいいんじゃないですか?」
路地裏の出口を透かし見るように体を伸ばし、牡蠣殻は寒そうに身震いした。
「流石に冷えて来ましたよ。雪も降って来ましたし」
「草人がこんなところにいるのは珍しい。市井に紛れてうろつくような連中じゃない筈が…」
牡蠣殻が顰め面で身を縮めた。
「伊草さんか私を探してるんじゃないかって言いたいんでしょう?多分そうでしょうね。その可能性が高いからこそこうしてこそこそしている訳ですし」
牡蠣殻は草の里の時期主君伊草を浚い出した角で罪人になっている。ビンゴブックに名が載る立派なビンゴブッカーだ。要人を誘拐した訳だから当然だが、実際はその要人が牡蠣殻に連れて逃げてよと頼んだのだから、この状況は割りに合わない。
「そろそろ面倒になって来たんじゃないですか?草から連れ出すという約束は果たしたんですから、伊草さんを放り出しても罰は当たりませんよ」
「またそういうことを言う。…まぁそりゃ確かにそうですがね」
実際内心面倒なのだろう。牡蠣殻は顔を顰めて盆の窪を掻いた。鬼鮫が人の悪い顔をする。
「山の温泉宿なんか今頃いい風情でしょうね」
「堪らないでしょうね。のんびり湯治して何にも考えないで好きなことをして、ひたすらゆっくり食べて寝ていたいです」