第38章 昔馴染みと月明かりー路地裏イチャイチャin自来也&綱手ー
「だったら奢れ。印税成金」
「お?読んだか、わしの大傑作」
「何が大傑作だ、助平爺。頭を冷やす必要があるのはお前の方だ」
「だーかーらー、冷えちゃったら詰まらんじゃろー?」
「また馬鹿な物言いを。いいから奢れ。考えてやるから」
「何を考えるんじゃ」
「本当に頭を冷やすかどうかをだよ」
「ふん?」
自来也が上体を屈めて綱手に顔を寄せた。
「大人になったのう、綱手」
「馬鹿にしてるのか」
「バカ。口説いとるんじゃ」
「わかった。馬鹿にしてるんだな」
振りかぶられた綱手の手が思い切りよく自来也の横っ面を張った。自来也の巨体が横様に吹っ飛んで路地裏のごちゃごちゃ放置された塵の集積箱やら壊れた家具やらチェーンの外れた自転車やら、兎に角どうしようもない不要物の山に突っ込んで、ガラガラ派手な音が鳴り響く。
「いい大人に大人になったなんて口説き方があるか。馬鹿」
口の端を吊り上げて綱手はパンパンと手を払った。全くこの助平野郎は女好きの癖に女心がとんとわかっていない。
ガラクタの山に埋もれた自来也が情けない顔で早腫れ始めた頬を押さえた。
「あたた…。しょうがねぇじゃろぉ?子供のときからの付き合いだ。わしにしてみりゃお前はあの頃のまんまなんじゃからよ」
わあ。
綱手の顔がパッと赤くなった。
「昔からお前は短気で腕っぷしが強くてそのくせ気が優しくて…」
わあぁ。
「何より可愛いんじゃよなぁ」
…やれば出来るじゃないか。
冷たい夜半の空気が心地好いのは酔いの火照りのせいではなく、赤らんで血の昇った顔がカッカッしているから。路地裏の、決して雰囲気がいいとは言えないこの状況で、昔馴染みがいつもより男振りよく見えるのは明るすぎる月のせいだ。
空を見上げて綱手はふっと笑った。
もう少し。もう少しだけ。
この距離感を楽しみたい。
満ち欠けしながら毎夜のぼる月のようにあやふやで確かな絆。長い時間かけて築いてきたもの。
出来上がる前の一番美味しいところをもう少し味わってもよくないか?
一度結んでしまえば元のようには解けない糸を結ぶ前に、お前とじゃれて楽しみたい。
廃れた路地裏でさえ気の利いた場所に思えるこの何心なく仄かに温かいやり取り。
「今日はやっぱり朝まで呑んで頭を冷やそう」
自来也の腕をとって立ち上がらせ、綱手は目を三日月の形に弛めた。