第35章 海へ来たらば ー暁with黒の教団ー
「牡蠣殻。ペインを頼んだわね。水着楽しみにしてて頂戴。紙製だけど」
歩きビールの小南がしんがりを行く。
「…干柿さんも行ってていいですよ」
皆を見送りながら牡蠣殻がポツンと言う。それを見下ろして鬼鮫は口角を上げた。
「何でですか?溺れるあなたが見れるかも知れないのに」
「溺れたって沖じゃ流石に見えませんよ」
「なら連れて行って貰いましょうかね、私も」
「冗談は止して下さい。海で人を捜すのはえらく消耗するんです。この上人を連れて失せようものなら、今日の私はもう使い物にならなくなってしまいます」
「元が使い物になってないんですからね。そんな事言っても話になりませんよ」
「言ってくれますねぇ」
「安心しなさい。あなたが帰って来るまでここで待ってますよ」
牡蠣殻の背中を押して鬼鮫は笑った。
「帰って来なければ連れに行くまでです。結局いつもそうじゃないですか、あなたと私は」
言われて牡蠣殻も笑った。風にそよぐ柳の目。
「宿に戻ったら」
「戻ったら?」
「折を見て散歩に出ませんか」
「海にですか?」
「何処でもいいんですよ。貴方と歩ければ」
「…考えておきましょう」
「考えておいて下さい。すぐ戻りますから」
生温かい風が湧く。
「海へ来たらば」
風に巻かれて牡蠣殻の衣装の裾が躍った。
「好きな人といるのが一番楽しいです。例え泳げなくても」
答える前に牡蠣殻の姿が失せる。
鬼鮫は腕組みして沖へと目を眇めた。
花火が終わり静まり返った夜空に白い月が浮かび、穏やかで暗い海に光の道を開いている。
花火の音で聞き損ねた言葉を今聞いたのだろう。
「…成る程…」
呟いて瞠目する。
海へ来たらば、好きな人と一緒に居るのが一番楽しい。
「…戻ったらどうしてやりましょうかね…」
また呟いて、鬼鮫は歯を剥いて笑った。