第20章 磯 其の一
「あれを里外に出さぬ為の手立てを共に講じましょうと言っても、あなたは耳を貸しますまいな」
深水は沈み込むような心地で波平から目を反らした。
「近道を辿るのが悪手とは思いません」
波平の言葉に何故か杏可也との縁付きが思われた。
近道が悪手とは限らない。
不意に結ばれた杏可也との縁には、長く彼女を見てきた深水だからこそ感じる不自然な性急さがあった。杏可也は考え深い女人だ。悪く言えば計算高い。幼い頃からそうした傾向があったが、それを含めて杏可也に恋したのだ。可愛らしいとすら思う。
しかし今、蓋をしていた深みからじわりと沸き上がるものがある。
己が希みへ執着するあまり、私は何か見落としてはいないか。目の前のこの義弟のように。
それとも私が見誤っているのだろうか。童女の頃から看守り、彼女を置いて里を抜けた親の代わりに育て上げたつもりの牡蠣殻を、私は理解し得ていないのか。
また一段、沈み込むような心地がした。
「磯辺の知識は意外に広いのです。彼女はあれで好奇心が強い。昼行灯に甘んじる私の至らぬ部分を補って支えてくれるでしょう」
波平が思いがけなく快活な調子で深水の物思いの殻を叩いた。
「私は本気で磯辺が里の力になると思っています。先生、私に磯辺を任せて下さい」
「本心からそうお思いか」
深水の問いに、波平は頷いた。
「先生が何を思っているかはわかります。ですがそれは八割方見当が違う。姉にも言われました。磯辺が欲しければ娶れば良いと」
成る程。一番の近道はそれだ。
愁眉を開いた深水に波平が可笑しそうに笑った。
「よくせき信用がないようですね、私は」
僻むでもなくへりくだるでもない只そのままの波平に、深水は虚を突かれた。
「私はこれでしがらみに弱い。磯の長としての責務も長老連との付き合いも、破綻無く努めたい。その為に考えた末の結論を申し上げているのです」
茫洋と、しかし朗らかに告げて、波平は深水の答えを待った。
「・・・・本当に牡蠣殻にあなたの補佐が務まると?」
「ご懸念なされるなら今まで同様見守られればよろしいでしょう。事のついでに私に諫言下さればどんなに心丈夫か知れたものではありません。・・・・先生?」