第1章 ツバキ
3限の授業は生物。暖かな陽気にぼんやりする頭。どことなくふわふわした空間に教師の声がぼんやりと響く。
「~の部分は大切だから、色変えて書けよー」
その言葉に一瞬、ペンの動きが止まった。色ペン、ないや。でも、まぁいいや。と思い直し、ペンを進める。別に綺麗に書く必要はない。自分にだけ理解できれば、問題はない。
「ペン、使う?」
「え?」
「や、無いのかなーって」
ほんの一瞬、ペンが止まっただけなのに。鋭いというか、なんというか。妙に関心してしまった。特に必要性は感じなかったけれど、せっかくなので、借りることにした。
「どうぞ」
「ありがとう」
綺麗な青色のペンを受け取り、先ほど教師が重要と示した箇所を書き写す。普段は色ペンを使ったりしない俺のノート。図らずも、いつもよりほんの少し丁寧な文字になった。
終業のチャイムが鳴り、授業が終わった。授業中はタイミングがなく、返せなかったペンを彼女に差し出した。
「二口さん、これ、ありがとう」
「あ、いえいえ」
二口さんの手に、青色のペンが渡る。指先がほんの少し触れ合った。そのまま、彼女はぴたりと動きを止めた。
「あーの、さ、二口さん、じゃなくて、まゆでいいよ。呼びにくいし、堅治と被っちゃうし」
触れ合ったままの指先、ほんの少しの部分がチリリと熱い気がした。他の女子は苗字でも名前でも、言われるまま呼べるのに、彼女の言葉にはなんだか一瞬躊躇してしまった。そんな俺の表情を感じとったのか、彼女は曖昧に笑い、
「や、まぁ、赤葦くんの好きなように呼んでもらって構わないんだけどさ」
と付け足した。
「あー、うん、じゃあ、まゆ、ペン、ありがとう」
「どういたしまして」
少し面食らったように目を丸くして、まゆは言った。その表情は少しだけ、部活仲間の方の二口に似ていると思った。