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花束を君へ

第1章 ツバキ



「隣、赤葦くんなんだ」

よろしくね。と笑った彼女とまともに話した記憶はあまりない。
元々、他人に興味が薄いせいもあり、彼女について知り得ることなんて、全国大会にも出場するバスケットボール部の2年生エースで、有名人。そして、同じ部活の二口堅治の双子の妹という情報くらい。去年は違うクラスだったし。何度か二口と一緒に登下校する姿は見ていたけれど、校門を出て左手に曲がる自分と右手に曲がる二口兄妹とはタイミングが合わなければ、校門で会うこともない。
そういえば、挨拶程度は交わしたことはあっても、名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。

お互いによろしくと言い合ったあとは特に会話もなく、それぞれに黒板を向いた。


「や、無いのかなーって」

ほんの一瞬、ペンが止まっただけなのに。鋭いというか、なんというか。妙に関心してしまった。特に必要性は感じなかったけれど、せっかくなので、借りることにした。

「どうぞ」
「ありがとう」

綺麗な青色のペンを受け取り、先ほど教師が重要と示した箇所を書き写す。普段は色ペンを使ったりしない俺のノート。図らずも、いつもよりほんの少し丁寧な文字になった。

終業のチャイムが鳴り、授業が終わった。授業中はタイミングがなく、返せなかったペンを彼女に差し出した。

「二口さん、これ、ありがとう」
「あ、いえいえ」

二口さんの手に、青色のペンが渡る。指先がほんの少し触れ合った。そのまま、彼女はぴたりと動きを止めた。

「あーの、さ、二口さん、じゃなくて、まゆでいいよ。呼びにくいし、堅治と被っちゃうし」

触れ合ったままの指先、ほんの少しの部分がチリリと熱い気がした。他の女子は苗字でも名前でも、言われるまま呼べるのに、彼女の言葉にはなんだか一瞬躊躇してしまった。
そんな俺の表情を感じとったのか、彼女は曖昧に笑い、

「や、まぁ、赤葦くんの好きなように呼んでもらって構わないんだけどさ」

と付け足した。

「あー、うん、じゃあ、まゆ、ペン、ありがとう」
「どういたしまして」

少し面食らったように目を丸くして、まゆは言った。その表情は少しだけ、部活仲間の方の二口に似ていると思った。
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