第1章 ああ、めんどくさい
まずはじめに、地面が抜けた。
続いて、重力にしたがって落下した。
頭に過ぎるのは、訪れるであろう地面への衝突と死のイメージ。
だが、それは一向に来なかった。
「…あーあー、面倒な所に来ちゃったみたいだね」
自分を抱える白い人、カノンの顔を見上げてきょとんとする他なく。
「…あれ、記憶無くなってない。というか、なんかここすごく見た事あるんだけど」
「そりゃそうだろうね、ここは地獄。『鬼灯の冷徹』の世界だから」
赤黒い空に漂いながらそう言われ、今しがたいた別の世界に思いを馳せる。
(半端なまま来ちゃったよ)
叶弥の思う事を見透かしているのか、カノンは穏やかに笑うと、ゆっくりと降下していく。
「さぁ、そろそろ彼も気づいてる頃だろう。どんな扱いをされるんだろうね」
「とりあえずは尋問…かな」
ゲンナリした顔で盛大にため息をつく。
正式名、大神 叶弥。そして相棒のカノン。
説明するのも詮無い事なのだが、彼女達は異世界へのトリップが行える能力があるのだ。
“こちら側の世界”で想像されて紡がれる、ありとあらゆる物語。実はパラレルワールドとして幾つも存在しており、人間は無意識に、わずかにだが干渉できるという。
世に出る物語を紡ぐ者達は少しばかりその干渉能力が強く、無意識に“あちら側の世界”を色々な表現手段を使い、世に出しているという訳だ。
そして叶弥の場合かなり、というより完全にありえないイレギュラーで過大な干渉能力があるらしい。
“あちら側の世界”からの干渉や綻びのせいで、いとも簡単にその世界へと転移してしまうという、実に迷惑な能力を有してしまっていた。
そしてその能力は心身へのダメージが計り知れなく、カノンはその彼女を支える存在として常に傍にいるのだ。
ある日突然変わった日常、帰れない元の世界。
代償としてなのか、年を重ねなくなった身体にも、精神的負担は大きい。そこで、カノンは飛ばされた先で叶弥のそれまでの記憶を封じ込め、中継地点である“世界の狭間”では記憶を解放して統合する作業を行っているのだった。
本来ならば、丁度中継地点にいる段階なのだが。