第3章 水蜜桃の果肉
渋沢の言う『珍しいもの』とは、不破の穏やかに微笑んだ姿だった事を数人が証言していた。嘘か本当か話を耳に入れた者は思案したが、めぐみ相手ならありえるだろうと渋沢の話を信じた。今もたまに不破の研究を手伝ったり、二人でいる姿をよく目撃している。美味しいトコ取りだな、と少し不破を羨ましく思って、今は自分が握っている小さく細い手を宝物のように優しく包みながら郭英士に別れを告げた。随分と値の張る忠告を、耳に残しながら。
「あそこ。」
「何が入ってるんだ?」
「クッキーとチョコレートと、クラッカー。」
「へぇ。よっと、これを会場の机に並べて。クラッカーは?」
「あきらちゃんのところにもってくの。おかしのかざりつけがおわってからでいいよっていってた。」
「ハイハイ。じゃ、やるか。」
「うん!」
キラキラした目でクッキーと様々な形のチョコレートを手に取り机の上の皿に並べる。花のような笑顔を振りまくめぐみに雰囲気が穏やかになり、忙しく歩き回る仲間も思わず微笑んでしまうほど平和的な存在となっていた。黒川も加われば作業は速く済み、クラッカーを持って西園寺の部屋へ持って行く途中だった。取りに行くのは最後でいいだろうと元の場所に置きっ放しだったクラッカー。そのクラッカーは棚の一番上にあり、横には脚立が置いてあった。それに上ってクラッカーを取ろうとするめぐみが頑張って背伸びするが、届きそうも無い。ぷくっと頬を膨らませてジャンプするめぐみを、黒川が笑って支えた。