第79章 【ワナ】
でも、英二くん……みんなに苦しんでるところ、見せたくないよね……
英二くんは当然だけど、頑なに過去のことは秘密にしていて……
テニス部のみんなにだって、あの事件があるまでは秘密にしていたくらいで……
ダメ、みんなを連れて行くわけにいかない……
「分かりました……案内してください」
冷静になれば、どう考えたっておかしい話で、もし英二くんが苦しんでいたら、この店員さんがこんなに悠長にしているはずないことくらい、簡単に見抜けてたのに……
この時は、もしかしたら英二くんが苦しんでいるかもしれない、そう思ったら、とても冷静な判断は出来なくて……
こっち、こっち、そう手招きして私の前を歩くその男の人に少し距離を置いて歩きながら、バッグから携帯を取り出すとLINEを開いて美沙にメッセージを送信する。
『すみません、急用が出来てしまって……もし時間まで戻らなかったら、私のことは気にせず先に帰ってください』
会費はさっき集められたし、これで迷惑はかけないよね……?、そう考え込んでいると、急いで、急いで!、そう急かされて、慌てて彼の背中を追いかけた。
「ほら、こっち、こっちだから」
「こっちって……?」
その店員さんに連れられて向かった先は、カラオケ店に入ってすぐのカウンター。
受付にいた男の人となにやら話をすると、もうお待ちかねだよ、そう言いながら受付の店員さんにもジロジロと見られてムッとする。
でも、お待ちかねって、英二くん、本当に待ってるってことだよね……?
そう思うとドキドキして、でもやっぱり心配で、とにかくはやく英二くんの顔が見たい……、そう不安と期待で胸がいっぱいになる。
でも、どうぞー、そう言って案内されたのはカウンターの奥で、スタッフルーム……?、なんて不思議に思って……
でももしかしたら医務室かもしれない、そう思って恐る恐る着いて行くと、そこに広がっていたのは、タバコとアルコールの臭いが充満する、大人な雰囲気の場所だった……