第79章 【ワナ】
カラオケも始まって2時間を過ぎると、みんなの選曲もヒットソングからアニソンやキワモノ、懐メロ系とまた違う雰囲気を醸し出すようになってきた。
時間は夜の9時を回り、普段ならとっくに家でゆっくりしている頃なのもあって、精神的にも体力的にもきつくなっていた。
「あの、私、ちょっと……」
生理現象と気分転換を兼ねてお手洗いに立つと、付き合う?、そう声をかけてくれる美沙に大丈夫と返事をする。
盛り上がる部屋を出ると、んーっと少し控えめに背伸びをした。
美沙も一緒だし、他のクラスメイトともお喋り出来ているから、楽しいことは楽しいんだけど、やっぱり疲れのほうが大きいな……
狭い通路には他の部屋から微かに漏れてくる音楽と、楽しそうな笑い声……
通路内をご機嫌で歩き回る酔っ払いにビクビクしながらトイレに入ると、やっと静かな空間に触れられて少しだけ胸がホッとした。
トイレを済ますと軽くメイクを直して、もしもし、お母さん?、そう携帯から母へ通話をかける。
クラスメイトたちとカラオケに行って、その後、美沙の家に泊まりたい、そう言った私を凄く喜んでくれた。
友達と一緒なんだから、電話しなくていいのに、なんて携帯の向こうで言う母に、それが親の言うセリフー?、そう言ってクスクス笑った。
さて、そろそろ戻らなくちゃ、そう携帯をしまってトイレのドアを開けたところで、ビクッと身体を固まらせる。
ドアを開けてすぐ目の前には、最初にお料理を運んできてくれた店員さんが立っていた。
「……あ、すみません、失礼します」
ペコリと頭を下げてその横を通り過ぎようとすると、サッと彼も同じ方に移動して、あっ、と思って逆側を通ろうすると、また彼もそちらに移動する。
人と狭い路地ですれ違う時、同じ方向に寄っちゃって、おっとっと、ってなるのは時々あるけれど、なんでだろう……?、この時はモヤンと胸に何かが引っかかって……
さっき、ジロジロと顔を見られたからか、トイレの前で待ち伏せていたかのようなこの状況からか……
とにかく、早くこの場から離れないと、そう嫌な感じがする胸をおさえながら急いでその人の横を通り過ぎた。