第79章 【ワナ】
「璃音、美沙の歌、凄いでしょー!?」
「は、はい……ある意味……本当……」
美沙の強烈な歌声は本当に凄くて、よく人前で歌えるよなー、なんてからかう男子たちに、いいの、下手でも好きだから、なんてあっけらかんと美沙は笑う。
本当に美沙って良い意味で男前、なんて思う中、流れて来たのは人気アイドル、チョコレーツのヒットソング。
それは英二くんが夏休みの同棲中に鼻歌交じりで聴いていた曲で、途端に胸の辺りが苦しくなる。
盛り上がる中、女の子2人が歌う元気弾ける恋の歌を、もう凄く昔のことみたい……、なんて、曲調とは正反対の気持ちで聴きながら、その感情を笑顔の奥にしまいこんだ。
「……失礼しゃーっす……」
程なくして美沙が頼みまくった大量の料理を店員さんが運んでくる。
一番近くに座っている私は、料理の大半が隣に座っている美沙の注文なのもあって、当然の流れでその店員さんから料理を受け取り、テーブルへと並べていく。
「ありがとうございます……あ、あの……?」
最後のお皿を受け取ろうとした瞬間、サービス業としてはどうなの?、そう思わずにはいられない、終始気だるそうな店員さんが、私の顔をジッと見ているのに気がついて……
えっと……私、何か変かな……?、そう不思議に思ってキョロキョロと自身の身体を確認すると、あ、いや、どうぞ、ごゆっくりー、そうその店員さんがそそくさとお皿を置いて部屋から出て行く。
「璃音があんまり美人だから見惚れてたんじゃない?」
「まぁ、男として気持ちはわかるよなー!」
そんな周りから上がる声に頬を熱くしながら、いえ、あの、そんな、そう返答に困ってしまう。
ただ見られただけならいいんだけど……って良くはないけど。
でもそれは特別珍しいことじゃなくて、嫌だけどできるだけ気にしないようにしていて……
でもこの時は、その店員さんのジッと私を見る視線が、いつものそんな視線と違う気がして、何かが胸に引っかかった。