第79章 【ワナ】
「……美沙、私、カラオケ、行きます」
ポツリ、呟いた私に、美沙が驚いて振り返る。
え?、そう聞き返した彼女に、もう一度、カラオケ、行きます、そう繰り返す。
もちろん、夜遅くなるのは気になるけれど……
でも、英二くんと鳴海さんのことが頭にチラついて、きっと1人で悶々とするのが目に見えているから……
だったら、盛り上がるクラスメイトたちと一緒にいたり、美沙と一晩中、おしゃべりしていた方が気がまぎれるから……
「そりゃ、私は嬉しいけどさ……でも本当にいいの?」
「はい、折角ですから……でも歌いませんよ?」
クスクス笑いながら自分の席に戻ると、次の授業の教科書を用意する。
「……あの、さ……小宮山、さん……」
突然、聞こえた英二くんの声に驚いて振り返ると、目があった彼は慌てて視線を逸らし、それから、あ、いや……、あのさ、そう口籠もりながら、もう一度、私の方に視線を戻す。
英二くん……?
あの放課後以来、ううん、英二くんに振られて以来、こんな風に声をかけられたことなんて無かったから、すごくびっくりしてなかなか返事が出来なくて……
しかも、声をかけられれば当然だけどドキドキして、カーッと頬が赤くなるのが自分でも分かって……
どうしよう……
こんな顔したら、英二くんが気にしちゃうよ……
案の定、英二くんはすごく気まずそうな顔をして俯いたから、私も慌てて前を向いて視線を落とした。
「ほら、おまえら、いつまで喋ってんだ、席につけー……」
あ……、そう英二くんがもう一度口を開きかけた途端、ガラッと勢いよく教室のドアが開いて、それから教科担任の先生が入ってくる。
……英二くん、何だったんだろ?、さっき、カラオケの話を聞いた後の態度もぎこちなかったし……、そう気になったんだけれど、腰を折られた話の先は、知るきっかけを失っちゃって……
結局、英二くんの真意はわからないまま、日々は過ぎて行った……