第76章 【アノヒ】
ふわりと鼻をつく芽衣子ちゃんの香り……
不覚にもドキリとして、ヤバッ、そう慌ててその肩を掴み引き離す。
「な、なにすんだよ……!そういうの、やめろってば……」
「ごめんなさい、だって、私、中学2年の時から、ずっと先輩のこと好きだったんですもん……」
目を見開いて芽衣子ちゃんの顔を見下ろした。
中2って……だって学校も違うのに……?
意味がわからずに戸惑っていると、もう一度ふわりと間近で漂った香りと唇に柔らかい感触……
驚いて口を手で覆うと、キスしちゃった、そう芽衣子ちゃんがペロッと舌を出す。
「だって先輩、これから女の人に会いに行くんでしょ?」
「な、なんで……んなこと……」
「先輩の態度見てればわかりますよ、でもこうすれば、その人と一緒にいる間、少しは私のこと、思いだしてくれるかなって……」
そう言って芽衣子ちゃんはクスクス笑うと、それじゃ、失礼しますね、なんて手を振りながら走り出す。
芽衣子ちゃんのことを考えるだって……?
悪いけど、他の女のことなんか、考えている暇ない……
いつだってオレの心の中は小宮山でいっぱいで……
確かに芽衣子ちゃんはすげー可愛いし、一緒にいて楽しいから、煩悩が働くときもあるし、普通に生きていたら好きになっていたかもしんない……
でもオレが今、こうしてまともになれたのは、小宮山のおかげだから……
芽衣子ちゃんがいつから、なんでオレを好きかなんて、そんなの関係ないから……
くるりと向きを変えて歩き出す。
小宮山がオレを待っている……きっと今頃、すげー、ソワソワしながら……
ポケットから携帯を取り出すと、LINEを開いて、今、青春台に着いたよん、そうメッセージを作成する。
そしてまさに送信をタップしようとしたその瞬間、イヤァァ!!、かすかに聞こえた女の人の叫び声……
……芽衣子ちゃん……?
確信があるわけじゃないけれど、胸に嫌な予感が広がっていく……
小宮山……ゴメン、ちょっと遅れるよん?、そう心の中で謝ると、急いで携帯をポケットにねじ込んで、芽衣子ちゃんが向かった方へと走り出した。