第76章 【アノヒ】
「先輩、すみません、私のせいで気を遣わせちゃいましたよね?」
別れ際、いつもの角で芽衣子ちゃんが申し訳なさそうな顔をする。
あ、いや、別にそんなことないよん?、慌てて笑顔を作ると、いいんですよ、そう言って芽衣子ちゃんは笑った。
「だって、やっぱり氷帝からっておかしいですもんね、だから普段は誰にも言ってないんです」
先輩だから、特別ですよ、そう言ってクスクス笑う芽衣子ちゃん……
えっと、なんて返事をしたらいいかまた惑う……
やっぱり、はっきり言った方がいいのかもしんない……
最低なまんまのオレでって思ったけれど、こんなに普通に芽衣子ちゃんと話をするようになっちゃって、芽衣子ちゃんの言葉や視線からは、相変わらずオレに対する好意が感じられて……
このままズルズル普通にしてても、芽衣子ちゃんに期待させるみたいでどうかと思うし、それにやっぱ、小宮山に後ろめたい気もするし……
「あ、あのさ……芽衣子ちゃん、オレ……本当は今さ……」
「それにですね、私、氷帝以外って言われた時、自分の意思で青学を選んだんです!」
ちゃんと付き合ってる人、いるんだ、そうはっきり言おうと思ったオレの言葉を、芽衣子ちゃんが打ち消した。
タイミングを逃しちゃって、あっちゃー、なんて思う一方で、自分の意思で?、そうその言葉にまた首をかしげた。
「……なんでだと思います?」
「なんでって……」
ふふっと、少し含みのある芽衣子ちゃんの笑顔……
なんて答えていいかも分からず、またその視線から目をそらすことも出来なくて……
そんなオレに芽衣子ちゃんはクスクス笑い、ちょこんとオレのシャツの裾を摘んだ。
「____先輩が、いるからですよ?」
オレが……?、本当に意味がわからなくて戸惑うオレの胸に、芽衣子ちゃんはピタッと頬を寄せる。
それから、私、菊丸先輩がいるから、青学に進学したんです、そうもう一度繰り返した。