第72章 【ゴメン】
ハッとして英二くんが私の身体から離れる。
気まずそうな顔で視線を逸らすと、携帯を取り出して電話を受ける。
「もしもし……うん、分かってる……ゴメン、遅くなって……今から行くから……」
行っちゃう……英二くんが行っちゃう……
私とのキスより……鳴海さんとの約束を優先させて……
やっぱり……現実なんだね……
通話を終わらせた英二くんは、最後にもう一度、小さい声で「ゴメン」と謝ると、そのまま東屋から飛び出していく。
一度も振り返らず、あっと言う間に小さくなったその背中を眺め続ける。
ここで英二くんに恋をして、想いが通じて、何度もデートを繰り返した……
2人の終わりまでここでなんて……
「また……大好きって言えなくなっちゃった……」
ポツリと呟くと、全身の力が抜けてベンチへと腰を下ろす……
いつもここに英二くんと並んで座っていた……
もう、一緒に座ること、ないんだよね……
ギュッと力強く抱きしめてくれた身体……
優しく涙を拭いてくれた頬……
そして、息遣いを感じる距離まで近づいて、重なることはなかった唇……
順番にそっと撫でて行く……
不思議と涙はもう止まっていて、ただ呆然と自分の足元を眺める。
一昨日まではあんなに幸せだったのに……
英二くんだってうちに来るの、楽しみにしてくれてたのに……
ふと視界に飛び込んできた、英二くんとは別の見慣れた通学靴……
不二くん……、顔を上げて力なく笑う……
「……学校、休むなら付き合うよ?」
いいえ、ゆっくりと首を横に振ると、ちゃんと行きます、そう言って立ち上がる。
「私がサボったら、英二くん、責任感じちゃいますもの……」
「……本当に小宮山さんはどこまでも英二のことを一番に考えるんだね……」
きっと辛い光景を見ることになるよ?、そう私のことなのに悲しい顔をしてくれる不二くんの優しさを、心からありがたく思う。
「行きましょう……遅刻しちゃいます……」
すーっと大きく息を吸うと、英二くんが走り去った方向へと歩き出す。
これから嫌という程突きつけられる現実を、しっかり受け止める覚悟を決めて……