第71章 【ドヨウビ、ヒルサガリ】
それにしても……英二くん、まだかな……?
3時20分……
英二くんならとっくに着替えを済ませて出てきてもおかしくない時間なのに、従業員用の出入り口からも、もちろんお店の出入り口からも、まだ英二くんは現れなくて……
考えたら、私、連絡しないできちゃったの、まずかったかも……?
英二くん、気がつかない間に帰っちゃってたらどうしよう……
ここにいるって連絡したほうがいいよね……?
そう思ったら急に不安になってきて、今更だけど慌ててバッグから携帯を取り出すと、急いでLINEを開いて英二くんの大五郎をタップする。
「ほんじゃ、お疲れー♪」
その瞬間、聞こえてきた英二くんのベイビーヴォイス。
あ、笑顔で従業員用の出入り口へと振り返る。
英二く……、声を掛けかけて、目を見開いた。
向こうからこちらに向かってくる英二くんに見つからないように、慌てて自販機の影に身を隠した。
どういうこと……?
さっきまでとは違う理由でバクバクと騒ぎ出す心臓……
目に飛び込んできた光景が信じられなくて、ガクガク震え出す身体を必死に抱きしめその場にうずくまる。
「お疲れ様でした、それじゃ、先輩、帰りましょう?」
「ん、そだね、はう〜、今日も疲れたー!」
英二くんは自販機の影に隠れる私に気が付かず、もうヘトヘト〜、なんて言いながら通り過ぎていく。
そのすぐ隣を笑いながら付いていく女の子……
見間違えるはずなんかない、聞き間違えるはずだってない……
「あ、先輩、ここに値札付いてますよ?……はい、とれました」
「マジ?、ってオレ、たったの500円かよー!?」
「ふふ、それでいいなら、私、今すぐ買っちゃいますよー?」
「ざーんねん、菊丸様は非売品!」
目の前で英二くんに伸ばされた手……
相変わらず柔らかくて可愛らしい笑顔……
少し癖のかかったふわふわの髪……
鳴海さん……どうして……?