第70章 【ヤサシイウソ】
なぜか凄く気になった窓の外……
カーテンを開けて確認すると、そこには英二くんがこちらを見上げて立っていた。
え?、そう驚いた途端、くるりと背を向け帰っていく……
「英二くんっ!」
慌てて窓を開けて呼び止めると、急いでカーディガンを羽織り階段を駆け下りた。
どうして英二くんが……?
英二くんがバイト帰りに寄ってくれるのなんて、今まで一度もなかったから、嬉しくて幸せで、ドキドキして……
玄関から飛び出すと、英二くんが手を広げて迎えてくれた。
直ぐにその胸に飛び込みたかった……
飛び込みたかったのに……気がついてしまった……
英二くん、香水の匂いがする……
一瞬で胸のドキドキがザワザワに変わった。
でも英二くんは普通だったから、普通に笑顔で抱きしめてくれたから……
本当は気にしないようにしたかったけれど……
腕の中、ポスッと収まるとより強くなった香り。
この香り、私、知ってる……
それはあの日、鳴海さんが私に挑戦的な態度を取ってきた時に嗅いだもの……
ザワザワがドクンドクンに変わっていく……
重ねられた唇、思わずピクッと反応してしまう。
まだびっくりしてんの?、無邪気な英二くんの笑顔は本物……
私の気にし過ぎだよね……?
そう、気にし過ぎだよ。
同じ香水の人なんていくらでもいる……
きっと、鳴海さんと同じ香水の人に、帰りの電車で隣に乗り合わせた、とか、そんな偶然に決まってる……
大丈夫、わざわざ、会いにきてくれたんだもん……
大丈夫、私のことを考えてくれた嘘だもん……
大丈夫、いつもと変わらない笑顔を向けてくれるもん……
頭から布団をかぶり何度も繰り返す「大丈夫」。
あの日から消えない不安な心を誤魔化すように……
溢れる涙、止まっては流れ、また止まるを繰り返す。
涙のシミを移動させる寝返りは、そのまま明け方まで続いた。