第70章 【ヤサシイウソ】
「……英二くん、身体、冷えちゃってる……」
「あー……青春台の駅から歩いて来たから……」
「……もしかして、ここに来るために青春台で降りたんですか?」
小宮山のその質問で思い浮かべたのは、さっきまで一緒にいた芽衣子ちゃんのこと。
……別に、わざわざ小宮山に言う必要ないよな……?
新しいバイトの子が実は芽衣子ちゃんで、これからバイトの時は一緒に帰って来るなんてさ……
そんな話聞いたら、小宮山に余計な心配かけるだけだし……
ほら、よく言うじゃん……嘘も……方言……?
「セヤデー、小宮山ニアイタクテ、オモワズオリテモター」
即席で繰り出したオレの大阪弁に、小宮山はキョトンとした顔をして、なんですか、それ?、そう言ってクスクスと笑い出す。
あぁ、良かった、いつもの小宮山だ……
おどけるオレに小宮山が笑顔を見せてくれる……
以前は怖い顔して無理やり言うこと聞かせて、泣かせてばかりで……
でも、その涙を見せることすら許さなかった……
やっと小宮山が取り戻した笑顔……
オレの前でも、学校でも……
余計なこと言って、この笑顔を曇らせる必要なんか、全然ないじゃん……?
もう一度、チュッと短いキスをすると、小宮山がオレの腰に腕を回してギュッと抱きついてくる。
本当はもっとゆっくり抱きしめていたいけど、小宮山が風邪引いたら大変だもんな……
名残惜しい気持ちを押し殺し、んじゃ、オレ、帰んね、そう言って背を向ける。
「英二くん、おやすみなさい、気をつけて……」
「いいからもう家に入りなって、風邪引いちゃうよん?」
いくらオレがそう言ったって、小宮山はいつもだけれど、ちゃんと見えなくなるまで見送ってくれる。
英二くん、大好き……、角を曲がる直前、振り返って見た小宮山の口元がそう動いた気がした。
だからオレも大好きだよん、そう心の中で返事して、にやける口元のまま夜更けの住宅街を駆け足で急ぐ。
この時ならまだ間に合ったんだ……
臆病な小宮山の話を、ちゃんと聞いてあげてさえいれば良かったんだ……
そうすれば、あんなこと知らずに済んだんだ……