第69章 【ゼンチョウ】
「あ、そろそろ、菊丸くんと鳴海さんは時間だね、もうあがっていいよー」
夜の9時58分、店長の声掛けに、お疲れ様でしたーと笑顔で挨拶すると、スタッフルームへと続く扉の中に入る。
今日も終わったー!、そう背伸びをして、んじゃ、芽衣子ちゃん、お疲れ様ー、そう言って男性更衣室へと向かおうとすると、あ、菊丸くん、そう店長がお店から顔を出す。
「菊丸くん、鳴海さんと帰り道って同じ方向だよね、こんな時間だからちゃんと送ってあげてね」
……へ?、思いがけない店長の言葉に、更衣室のドアノブに手をかけたまま固まってしまう。
何かあってからじゃ遅いからね、鳴海さん可愛いし、そう言ってそれが当然という顔をする店長と、ジッとオレの顔を見ながら返事を待っている芽衣子ちゃん……
いや、思っても見なかったけど、考えたら送るのなんて当たり前だよな……
だけど、バイト中ならまだしも、帰り道も電車の中も、ずっと2人きりってやっぱ気まずくて……
だからって、この状況で「ヤダよ」なんて言ったら男として終わってるし……
「あったり前じゃん!、芽衣子ちゃん、着替えたらここ集合だかんね♪」
本音を隠して笑顔を作る癖、前よりはだいぶマシになったけど……
ありがとうございます、芽衣子ちゃんが嬉しそうに笑う。
はぁ……まぁ、こっからならあのカラオケ屋の後と比べたら時間半分だし……
って、もしかして、もしかしなくても、これからずっとかよ〜?
男子更衣室、ロッカーを開けて学ランに着替えると、頭を抱えてしゃがみこむ。
まぁ、いいんだけど……ってよくないけど!
しばらく迷っていたけれど、結局、逃げるわけにもいかなくて、そろーっとドアをあけて控室を覗き込むと、すでに着替えを済ませた芽衣子ちゃんが笑顔で振り向いた。
「菊丸先輩、すみません、よろしくお願いします」
「あ、うん……じゃ、いこっか……」
嬉しそうに頬を染める芽衣子ちゃん……
あんま、顔、みないようにしよう……、その可愛い笑顔から視線を逸らした。