第66章 【トウソウゲキ】
「クスッ、僕の顔に何かついてる?」
すぐにいつもの笑顔になった不二くんに、い、いいえ、そう慌てて首を横に振る。
だって、どうしてそんな寂しそうな目をするんですか?、なんて聞けないし……
そっと目を伏せて、その気になる視線を思い出す。
「……小宮山さんは何も気にしなくていいよ」
ハッとして顔を上げると、そう不二くんは優しく笑いかけてくれていて、私の腰に行き場を失っていた宙ぶらりんの手をスッと添えて、それからドアの方へとエスコートしてくれる。
不二くんは私が手を拒んだの、気にしないで済むようにしてくれてるんだ……
そんな不二くんらしいスマートなエスコートを、凄く申し訳ない気持ちで、でも素直に受け入れた。
「それでは、乾くん、本当にありがとうございました、失礼します……」
理科室を出る際、そう乾くんにペコっと頭を下げると、片付けを済ませた彼はサラサラとノートに何かを書いていて、じゃ、あとは頼むよ、そう声をかけた不二くんに、ただ手を挙げるだけの返事をする。
ねえ、乾____、ドアを閉める直前、理科室に響いた、いつもより低い不二くんの声。
「……データ、とれた?」
「ああ、予想通り、ではあったがな……」
「それって、小宮山さんのこと?……それとも、僕?」
「……両方、と言っておこう」
やはり不毛だな、そう続ける乾くんに、だからそんな事ないよ?、そう返事をして不二くんはドアを閉める。
伏し目がちな笑顔の不二くんと、普段と変わらない淡々とした乾くん……
そんな2人の会話の意味が、私には全く理解できなくて……
それって不二くんの、あの一瞬だけ見せる寂しそうな目と関係あるのかな……?
英二くんなら分かるのかもしれない……
なぜか凄く気になって、でも、聞いちゃいけない気がして……
どうにもできない思いをもどかしく感じながら見上げた不二くんの笑顔は、もう普段の穏やかなものになっていた。