第66章 【トウソウゲキ】
「だ、ダメですよっ、不二くんが飲んじゃ!」
ハッとして顔を上げると、不二くんに向かって抗議する。
だって、英二くんの代わりに私が飲むって言ったのに、不二くんが飲んじゃったら、結局、英二くんが飲むことになっちゃう!
「乾くん、さっきの、もう一杯ください、今度こそ私が飲みますから……」
そんな私の頼みに、乾くんは、いや、あの試作品はアレが最後でね……、そう静かに答える。
最後って……でもそれでは約束が……、そうほとほと困ってしまうと、だからいいんだよ、なんて不二くんが私の顔を覗き込みながら首を横に振った。
「小宮山さんが英二にアレを飲ませたくないように、僕も小宮山さんに飲んで欲しくなかったんだから……」
いいよね、乾?そう乾くんに不二くんが確認を取ると、俺は別にどちらでも構わないよ……なんて乾くんが答える。
本当にいいのかな……?不二くんにまた迷惑かけちゃったんじゃないかな……?
なかなかスッキリ出来ない私に、本当にいいんだよ、そう言って不二くんは優しく微笑んでくれた。
「それより急いでここを出たほうがいい、そろそろ英二と野次馬連中が骨格標本を戻しにくる頃だ」
乾くんのその言葉に我に返る。
そうだ……もう午後の授業も始まるし、体育館裏に戻ってカバンも取ってこなくちゃ……
「そうだね、戻ろうか」
そう不二くんはいつもの笑顔で私に手を伸ばしてくれる。
目の前に差し出された不二くんの手、真っ直ぐでしなやかな……
そっとその手を取りそうになり、触れる直前、それを躊躇する……
前は何も考えず何度もこの手に触れていたけれど……
英二くんのことで、沢山甘えさせてもらったけれど……
でも、これって、普通のことじゃ、ないよね……
ふと感じた不二くんの視線……
あ……まただ……
不二くんは時々、一瞬だけ、こんな風に寂しい目をする……
英二くんのそれとはどこか違う……だけど、なぜか気になる視線……