第66章 【トウソウゲキ】
「失礼するよ、そろそろ教室に戻るんでね……」
そう言って理科室に入ってきた乾くんは、なにやら実験セットのようなものが置いてある実験台に移動すると、カタカタとそれを片付け始める。
実験……?そのわりにミキサーがあるのは不思議だけれど……なんて思いながら、急いで駆け寄りその片付けを手伝うと、すまないね、そう乾くんは一瞬だけこちらに視線を向けた……多分。
乾くんのメガネって特徴的だな……
私のは完全に顔を隠すのが目的だったけど、さすがにここまでは思いきれない……
「あの、乾くん、……ひとつ、聞いてもいいですか……?」
片付けをしながら、どうしても気になっていたことを恐る恐る問いかけてみる。
あの、それって……?、そう声にした私の視線の先には大きなビールを飲むようなジョッキに入った怪しげな液体……
まさかとは思うけど、英二くんの学ランの中で聞いた2人の交渉を思い出し、嫌な予感が胸をよぎる……
「ん、これかい?これは乾特製の乾汁、先ほど英二が飲むと約束したものだよ」
やっぱり……
嫌な予感というのはこうやすやすと当たるもので、そのジョッキの中身の異様さに、サーっと顔から血の気が引いて行く。
だって、それはまるで蛍光塗料のような派手派手なピンク色をしていて、しかも時々、ボコッボコッと泡立っていて、いっちゃなんだけど、とても人間の飲み物とは思えなくて……
「ダメですよっ!こんなの飲んだら、英二くんが死んじゃいます!」
思わず張り上げた、私には珍しい大きな声。
約束だけど……英二くんは飲むって言ったけれど……
だけど、英二くんのことを思ったら、これだけは譲れない……!
「いや、しかし、これは栄養学的にしっかりと計算された栄養補助ドリンクで、疲労回復と滋養強壮の効果がある……」
「……味の方は?」
「効果のほうを優先させている」
「味が一番大事ですからっ!味あっての栄養ですからっ!」
そう夏休みに英二くんから言われた言葉を、そっくりそのまま乾くんに向けて叫んだ。