第64章 【ネガイゴト】
「璃音ー、おはようー!」
市川さんはいつも英二くんの少し後に登校してきて、真っ先に私に挨拶しにきてくれる。
あれから彼女は私を名前で呼んでくれるようになり、こうやって声をかけてくれるから、英二くんの隣の席なのも合わさって、私の学校生活は劇的に変わりはじめた。
「おはようございます、市川さん」
「あー、ほら、またー、美沙だって言ったでしょー!」
「あ、はい、えっと……美沙ちゃん」
誰かを名前で呼ぶのは英二くん以外ではナオちゃんたち以来で、慣れない名前呼びに戸惑いながらも、やっぱりますます仲良くなれたみたいで嬉しくて……
美沙ちゃん、そう名前を呼んだ瞬間、彼女がブルっと大きく身震いをする。
英二くんや周りに集まっていたクラスメイトたちも、美沙ちゃんってそれ、気持ち悪いだろ〜、そう口々に大笑いする。
「いや、璃音、美沙ちゃんはやめてよ、美沙ちゃんは……」
「あ、あの、でも私、人を呼び捨てになんてしたことがないので……」
「それでもダメ、蕁麻疹でそうだから!」
そう言いながら腕や背中をポリポリと掻く真似をする美沙ちゃ・・・美沙に、周りのクラスメイトたちが、美沙ちゃ〜んなんてからかって、あんたらグーとパー、どっちで殴られたい?、そう美沙が指をポキポキさせる。
「あ、あの、美沙、……いくらなんでも暴力はダメですよ、あの……」
「いや、小宮山さん、それ市川の冗談だよん?」
オロオロする私にすかさず英二くんがツッコミを入れて、また一段と大きな笑いが沸き起こる。
みんなの前で堂々と英二くんに話しかけられて恥ずかしくて、みんなに笑われて恥ずかしくて、もうとにかく色々恥ずかしくて……
平静を取り戻そうと慌ててメガネを取り出すと、あ、ほら、小宮山さん、恥ずかしいの誤魔化してるよ、なんて誰かに突っ込まれて……
すっかり見抜かれてる……
もう本当に意味ないな、そう思いながらケースにメガネを戻すと、あとは黙って俯いた。